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大四御庵社 富士見町御射山社 23.8.22 改稿

 御射山社と御射山祭は時代による変遷が大きいため、単純に「◯◯とは」と紹介できません。そのため、現在の“様子”を説明するだけにしました。

現在の御射山社

大四御庵社

 「大四御庵社」の背後から撮った御射山社境内です。木立が間に入ってよく見えませんが、最奥の社殿が「御射山社・国常立命社」です。古文献に見られる「前宮四御庵」と「下宮(しものみや)四御庵」の代わりに「子安社」と「神功皇后社」が鎮座し、新たに「伝大祝有員(ありかず)墓」が加わっています。

大四御庵社

大四御庵社 写真は、御射山祭当日の大四御庵社です。本宮から渡御した「諏訪明神」の神輿を社前に安置して「大四御庵社祭」が行われます。
 大四御庵社祭が済むと、神輿は、上写真では最奥の御射山社に運ばれて御霊代が本殿に遷座します。その後、御射山での全ての神事が終了すると御霊代は再び神輿に乗って本宮へ帰ります。この流れから、神輿の渡御は、かつての大祝の参拝を再現していると考えることができます。

『上社古図』

上社古図 左は、神長官守矢史料館蔵『復元模写版上社古図』の一部です。現在ある石鳥居を絵図下部の「今ナシ」鳥居と勘違いすると、方向が逆になりますから注意してください。因みに、「今ナシの鳥居」は藪の中を探しても痕跡ですらありません。
 この絵図では、内が大四御庵社です。『諏方大明神画詞』に書かれている「旗二流 左梶葉・右白」が大四御庵社に描かれていて、「本当だ!」とうれしくなりました。それは別として、この時代では「下宮」の代わりに神功皇后社、現在の「御射山社・虚空蔵社」が「三輪社・虚空蔵」で描かれています。