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お舟祭り(諏訪大社下社遷座祭) 8月1日

 「お舟」は、「山車や山鉾」などと同じ「祭りの出し物」です。“現状”では、遷座祭より、言わば余興であるお舟の曳行が「お舟祭り」として知られています。紹介文も長いので、遷座祭とは切り離しました。

お舟の曳行(平成19年)

 下社秋宮での遷座祭が終了したので、「柴の舟」を撮るために境内を出ました。近道を使って予想した曳行場所に向かうと、お舟はすでに通り過ぎていました。そのため、どこにいるともわからないお舟の後を追うという展開になってしまいました。炎天下では避けたい余分の汗をかきながら、すでに八幡坂を上っているお舟の後姿にようやく追いつくことができました。

お舟祭り「柴舟」

 お舟祭りを見るのは今日が初めてなので、当然ながら「柴舟」も初めてです。その脇を行き交うのは、学校が夏休みとあって高校生までの若年層が圧倒的に多く、改めて自分の年を実感するお祭りとなりました。諏訪大社下社のお膝元・下諏訪町の事業所は休みになる(と思われる)のですが、一歩町外ともなると“関係なく働く日”です。「ウソも方便」を使って抜け出したので、汗ばんだ同僚の顔が浮かびました。

お舟祭り「秋宮鳥居下」 お舟の曳行は、10年に一回まわってくる輪番の「御頭郷」が担当します。今年は、諏訪市の「湖南・中洲」です。曳行は、青(壮)年が舵取りなどの危険な場所を担当するので、「御頭郷カラー」とも言えるヒマワリがお舟を取り囲んでいるように見えます。御柱祭とほぼ同じ装束なので、木遣りが鳴きラッパが鳴り響くと4年前の御柱を思い出してしまいました。なかなか動かないのも「重い御柱」と同じです。
 お舟には、二体の人形が乗せられます。地元紙『長野日報』に、「諏訪大社奉賛会人形保存会」会長の談話が載っていました。

 翁と媼(おうな)の人形は「保存会」が作り、長さ約2.5mと1mのサルスベリの木を十字に組んで心棒を作り、約80センチのワラ30本ほどを一束に胴体、腕、頭の順に巻き付け、麻ひもできつく縛った。顔の部分は1.2mほどのわらの束で仕上げた。
 サルスベリの木は丈夫でよくしなることから8年ほど前から使用。その太さは翁と媼で微妙に違い、お舟の前方に殺到する氏子らが寄りかかっても折れないよう、お舟の前に陣取る翁は丈夫に作る。
お舟祭り「柴舟の翁と媼」

 翁と媼は、通称「ジジ・ババ(爺・婆)」と呼ぶそうです。近くで見ると、面が白く塗られているために死人(しびと)のように見えるときがあります。「舟上の血気盛んな若者も、いずれはこうなるよ」と暗示しているようにもとれますが、初めにこの“仕掛け”を考案した人の意図はわかりません。
 「三角八丁」と呼ばれる古来からの道を巡幸して秋宮の境内に曳き入れると、「お舟は神楽殿を三周する」という“ノルマ”が待ち受けています。しかし、周回するスペースが狭いので、効率よく曳くことができません。「曳行頭」が何回も気合いを入れますが、その度に少しずつ、という進み方です。それも最終ラップとなり、ようやく神楽殿前へ曳き着けられました。年によっては“護衛”の4人を残して下船し、軽量化を図ることもあるそうです。


「お舟の曳行」平成20年のお舟祭り

 万歳三唱で「お舟祭り」は終わります。一般の曳き子はこれをもって帰り始めますが、山吹色の男達はまだお舟を取り囲んでいます。掛け声と歓声が挙がる度に振り向くと、名残を惜しんでいるのでしょうか、何回もお舟の横転を繰り返していました。木遣り納めでしょうか、それぞれ高さ声色が違う木遣りが次々と聞こえ、それに答える「ヨイサ、ヨイサ」が名残惜しそうに響きます。今は祭りが終わった余韻に浸っているように見えますが、彼等には、まだ境内の掃除が待っています。

諏訪の裸祭り

 本などには、昔は「諏訪の裸祭り」として有名であった、と載っています。それも明治になると、フンドシ一丁では(神様に対して)「不敬罪」にあたるとして、“時の”警察から禁止令が出たそうです。中央から派遣された署長なので、権威を笠に着て、祭りの本質を理解しないまま(又は無視して)強権発動をしたのでしょう。
 かつては諏訪湖を舟で遷座したという伝承もありますから、漁師のフンドシ姿として理にかなっています。しかし、今の時代では(日に焼けない)白いお尻をさらすことになりますから、この「流れ」でよかったのかもしれません。

神事角力

 お舟が神楽殿前に曳き付けられると「神事角力(すもう)」が始まります。すでに土俵を取り囲む輪ができており、見学者の頭越しの撮影となりました。この角力を間近で見たい方は、お舟が定位置に着いたらすぐに場所取りをするのがコツでしょうか。

神事相撲 諏訪市長が「呼び出し」に扮して登場しました。下諏訪町長ではない疑問も、今年の御頭郷が「十五夜相撲神事保存会」がある諏訪市神宮寺と重なった、と紹介があって納得しました。三番勝負とあり、6人の力士が土俵の東西に別れて控えています。
 真夏とはいえ、夏至から一ヶ月と十日余りが過ぎています。感覚的には夏のピークですが、6時半近くでは、すでに暮色が漂っています。写真は明るく写っていますが、フラッシュ使用でも距離があるため、力士の素早い動きの前では完全にブレていました。年によっては、御頭郷の市町村長が力士に扮することもあります。

翁媼焼却神事

翁媼焼却神事 お舟から“降りた”翁と媼は、保存会の手で“解体”されます。ワラの体となった人形二体は、その後、秋宮の境外にある「内御玉戸社」で焼却されます。
 この神事の詳細は、以下のリンクでご覧下さい。


‖サイト内リンク‖ 「翁媼焼却神事」