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諏訪大社下社の遷座祭(秋の遷座は春宮から秋宮へ)8月1日

 腕時計を見る度に、こちらの都合にお構いなく残り時間が減ってゆきます。春宮への所要時間が“丼計算”とあってはしかたありませんが、それでも、太陽を頭上にしての駆け足だけは御免です。それでも、急ぎ足の努力もあって1時5分前には春宮の鳥居をくぐることができました。ギリギリの時間では、すでにお舟の周囲に待機している大勢の曳き子の(私への)視線が気になりますが、自分が意識するだけで焦点は合っていないでしょう。
 神事開始は、私のスケジュール表では1時になっていますが、境内では誰もその気になっていません。その不審も、待つこと30分で「神事開始の1時は、春宮へ向かう行列が秋宮を出発する時間」と解消しました。「この暑さでは秋宮からここまで行列に付いてくるのも辛いし」と、(偶然の結果であっても)境内の緑陰で涼しい時間を費やせた自分の選択を評価しました。

遷座は春宮から秋宮へ

諏訪大社下社の遷座祭「春宮」 春宮の神事は、社殿の構造から自分の目で参観するのは難しいことがわかっています。神輿に乗り換えた御霊代が動き始めるまで、木陰で待機するのが得策と幣拝殿前から引き揚げました。
 ようやく、宮司が見守っている前に「今日は門と化した幣殿」から神輿が出てきました。春宮でも、御霊代を乗せた神輿だけが幣殿・神楽殿・下馬橋を通ります。行列が整えられると、遷座の一行はお舟に先立って秋宮へ向かいます。

下社夏の遷座祭「下馬橋」 遷座祭で神輿が下馬橋を渡るシーンは撮影の定番スポットになっていますが、多くの人はお舟の曳行が目当てなので、写真を撮る人や行列に付き添う人は多くありません。

下社夏の遷座祭「春宮大門」 春宮から延びた直線の参道は、春宮大門の鳥居で国道と交差します。行列は交通規制で信号が“無灯火”となった下をさらに進み、「春宮の大灯籠」を経て、地元では「三角八丁」と呼ぶ一辺約880mの遷座道を、神様も行列の人々も等しく灼熱に焼かれながら秋宮へ戻ります。

秋宮へ「遷座」 秋宮でも、御霊代を乗せた神輿は、神楽殿と幣拝殿の中を素通りして宝殿の前に安置されます。そのため、「門」がルーツという「楼門造」の幣拝殿は、神輿を担ぐ人だけが誰はばかることなく土足で通ることができます。

秋宮へ「遷座」 宝殿内へ御霊代を移す時は「お頭(かしら)をお下げ下さい」の声が掛かります。神職以外は見てはいけない(ことになっている)ので素直に従います。警蹕(けいひつ)が頭上のスピーカーから降り注ぎ、「お直りください」で頭を上げると遷座は終了しました。

例大祭

 「下諏訪社祭」と聞こえました。『諏訪大社祭事表』にある「例大祭」のことでしょうか。一連の神事は、幣拝殿・片拝殿の向こう側で行われるので、宮司の祝詞はスピーカーを通して聞こえます。「献幣使」と聞こえましたから、長野県神社庁の神職も参向しているようです。国会議員・町の重鎮や各種団体の長などが宝殿の前で玉串を奉奠します。
 3時の下諏訪全町放送が「犯罪に巻き込まれないように…」と、厳かな神事が進行中の秋宮境内でも別け隔てることなく流れました。東山田長持保存会雅楽部奏楽部の雅楽が途切れると、代わってカナカナと涼しそうな響きが戻ってきました。

遷座祭「宝殿の閉扉」

 宝殿の御簾が下ろされて御扉が閉められました。格子戸が閉じられると、いつも見慣れている宝殿となりました。
 3時半、「宮司一拝」で遷座祭と下諏訪社祭は終了しました。


楊柳の幣

遷座祭「楊柳の幣帛」 本にある「楊柳の幣(ぬさ)」は、「古例では二百五十本、今は百本の束」とあります。神職の手渡しで取りまとまれた幣は、宮司が神前へ奉ります。その楊柳の幣は、春の遷座祭と違って緑の葉が付いていました。


 遷座祭は終わりましたが、“庶民の祭り”である「お舟祭り」の柴舟は、今どの辺りを進んでいるのでしょうか。


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