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諏訪大社下社秋宮の神紋

秋宮幣拝殿
屋根が銅板葺き(改修前)の幣拝殿 撮影17.6.18

 安永十年(1781)に落成した秋宮幣拝殿ですが、春宮幣拝殿と同時期の造営なので(と言うわけでもありませんが)うり二つです。そのため、社殿単独で見ると、地元の人でも春・秋どちらかとは即答できないでしょう。
 神楽殿石段の最上段から、カメラを持つ手(体)を可能な限り後ろに反らすと、ほぼ全景の重文を収めることができました。広角歪みを修正して得たのが上の写真です。

鬼板の「菊紋」 幣拝殿の屋根に見える大棟と唐破風の鬼板は、春宮と異なり「菊」です。16花弁の菊紋は、下社大祝のルーツが天皇家に深い関わりがあることから来ているのでしょうか。因みに、上社は「神家」を名乗っているように神の子孫と伝えられています。


秋宮の梶紋 下層の梁中央には銅板打ち出しの下社の紋である五根の「明神梶」が取り付けられていて、順当な下社の社殿と言えます。神楽殿の神紋が四根の「諏訪梶」なのは別の機会に説明するとして、近年に造られた社務所などの社殿や定紋幕・賽銭箱など即応できるものは、明神梶が使われています。

幣拝殿飾り金具 幣拝殿の正面、上写真では下層の御簾(みす)に隠れて見えませんが、御鏡の真上にある梁に梶の飾り金具を見つけました。自宅で確認すると「四根梶」ですから、下社の梶で“占め”られているはずの幣拝殿の中枢に当たる場所に上社梶があることになります。

 よく観察すると留め釘が一本余分に打たれています。下部中央の釘は“余分”と決めつけると、一つのシーンが浮かび上がってきます。真ん中の根の部分を潰して本来の五根を四根に作り替えている姿が…。これを大いなる創造力と支持されるのか、単なる当てつけの妄想と決めつけられるのか、何れにしても“些細なことまでも気にしてしまう”このサイトに相応しい写真となりました。

 このような混在ぶりは上社対下社の関係を象徴していると考えていましたが、むしろ、藩主家と下社の関係と言い替えた方が正確かもしれません。わかりやすく言うと「寄進者の家紋を入れる」ということです。諏訪家の家紋は上社の神紋と同じですから、寄進したものに「諏訪梶」が入るのは当然となります。それに対して、神社側もこれだけは譲れない場所や部分があるのでしょう。その両者の妥協が現在見ている神紋の混在に現れている、と結論づけてみました。

秋宮幣拝殿

 幣拝殿と左右片拝殿は、平成21年終了の改修で桧皮葺(ひわだぶき)に改修されました。