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斧立社 下諏訪町萩倉 19.6.3

 「斧立社(よきたてしゃ)へ行こう」と思い立ちました。

【御柱伐採奉告祭】御柱祭前年の春、御柱用材伐採に先立ち「斧立社」で奉告祭を行う。併せて伐採従事者の安全を祈願する。大鋸や斧などの伐採用具も浄められる。

 私が住む原村は諏訪大社の“上社圏内”なので、下社の「御柱」は曳いたことがありません。ただし、テレビではよく見ますから、斧立社で行われる神事は知っています。祭りはダメでも下社の末社は紹介できる、と斧立社へ向かいました。ネット地図では斧立社を表示しませんから、末社と言えど祠が一つポツンという景観でしょうか。

 先々で、機先を制するかのように「7月まで通行止め」が現れます。しかし、標識に書かれた見ず知らずの地名では「行けるところまで」進むしかありません。萩倉集落を下にすると、道は徐々に狭まり対向車の心配が…。かつては霧ヶ峰「七島八島」までバスが通っていたとはとても信じられません。
 こんな所に家と畑が、と驚いた先に「ここまで」というゲートが現れました。道沿いの柵を通して人影が見えますから、ここまで通行可としたのでしょう。途中で目を付けておいた空地に車を置き徒歩で出直すことにしました。

 再びゲートの前に立ちました。「斧立社は」と声を掛けると「ずっと下」と言います。具体的な「水を張ってあるところ」に、「ええ、送水管がありました」と相づちを打ちながら礼を言いました。ここまでの道中で、山側に所々崩れた法面が続くのが見えていました。その上が、記憶にある木のチップを敷き詰めて整備した「御柱古道」と確認できたので、その道で下ることにしました。
 教えられた小屋横の小道を上り、藪をかき分けると難なく御柱古道に合流しました。咲き遅れて鮮やかさを充分に発揮できなかった、とは人間の勝手な思い込みでしょうが、やや精彩を欠いたクリンソウの朱がわずかに揺れていました。まだクッションが感じられるチップ道の山側に、断続しながら続く低い石垣が見えます。こんな山の中に誰が何のために造ったのでしょう。

 発電所の送水管に突き当たりました。長い階段を降り、送水管を基点に県道沿いを探しますが、…見つかりません。再び古道歩きです。そうこうするうちに県道に合流してしまいました。大きくカーブしたその底に萩倉の集落が見えています。
 車道から、遥か下の浄水場を見下ろしました。コンクリートの幾何学模様を眺めて「今日はこれまで」と決めると、直前までの足跡(そくせき)がよみがえってきます。目的を達せない欲求不満を抱えながらグズグズしていると、プールのような沈殿槽に何かを感じました。その何かに意識を集中させると、「“水が張ってある”とは沈殿槽(貯水池)のことだ」と思い当たりました。「水が…」と発電所の「水圧鉄管」を混同した一人合点でした。

斧立社

斧立社 振り返ると、車道の山際が低い石積みになっています。一部途切れた間から延びる山道の先を追うと、…ありました、祠が。案内板があるものと思っていましたから、全く気が付きませんでした。しかし、真後ろが斧立社だったとは…。偶然を超えた何かを思ってしまいます。やはりお導きでしょうか。入口が左右とも3mずれていれば知らずに帰ったでしょう。

斧立社 踏み跡程度の道がガレ場に代わりました。ところが、よく観察すると、川原石と違い角がある文字通りのガラガラ石の中にも、それらをうまく組み合わせた石段が見えてきます。足を置く位置を選びながら上り詰めると、ここも石を組み合わせて平にしたやや広い壇状の上でした。


斧立社 何と、斧立社が“置かれて”います。「大丈夫かなー」との心配も、「重し」をしっかり抱えているのを見て、心配損となりました。釘やボルトで固定できないのでこの方法しかないのでしょう。上方を仰ぐとさらにガレ場が続いています。雪はともかく岩雪崩が心配ですが、諏訪大社下社の末社・斧立社です。その心配はないでしょう。
 さて一枚、と今日初めてのファインダーを覗くと、バッテリー警告灯が点滅しています。昨夜満充電したはずですが、差し込みが甘かったのでしょうか。“安全率を掛けてある”から「少なくとも一枚」は、終わってみれば3枚の余裕でした。