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磯並社祭・瀬社祭・玉尾社祭・穂股社祭 4月19日(15.4.19)

 『諏方大明神画詞』から転載しました。

 午(うま)の日、磯並幡さしの明神と号す神事、彼の社の拝殿にして饗膳常如(常のごとし)、歩射廿番、切的(※切った的)を用いる、帰路に草花を結びてかつら(鬘・かずら)として、人ごとに頸にかけて家にかえる、
諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書 第一巻』

 今日、「磯並社祭」を含めた四社の例祭があることは知っていました。しかし、明治維新時に「大祝」の存在を否定された諏訪神社上社の下(もと)では、その神事は形骸化し、わざわざ出かけるほどのものではないと迷っていました。それでも「天気はいいし、神事に行き会わなくてもカタクリの花が見られるかもしれない」という思いに押されて出かけてみました。
 道路脇に車が2台止まっています。再訪とあって勝手知った踏み跡に近い山道を登ります。開始時間は知りませんでしたが、思い立ったが“吉時”で、何と神事の真最中でした。

穂股社祭

穂股社祭 神職2人と、氏子代表と思われる年輩の男性3人が斜面に立っています。一人の神職に見覚えがあります。下社の「筒粥神事」のニュースで見た平林権宮司(現・宮司)でした。
 その集団に全く関わりがないような動きで、若い(ので新入)神職が上部にある祠の前に神饌を運んでいます。

玉尾社祭

玉尾社祭 神事は最上部の祠に移りました。「小袋石」のほぼ真横なので一番絵になります。神事式次第は全く同じでした。
 「全てが終了したので」と言っても後半の二社だけですが、氏子の一人に話しかけてみました。地元高部区の氏子総代で、今日の神事は「県道近くにある下馬社から最上部の玉尾社まで立ち会う」と言います。私がこの場にいるのが奇異に映ったのでしょうか、逆に「新聞社の方ですか」と聞かれてしまいました。その後、問うたわけではありませんが、祠の名前を挙げてくれました。ところが、筆記用具の持ち合わせがないので、聞き流すことしかできませんでした。

神饌

神饌 果物・昆布と海苔と諏訪にふさわしい角寒天・御酒と塩と洗米・干し魚・野菜が各種です。同じ物を使うのではなく、社(祠)毎に新しいセットを用意しますから、急坂を上り下りして準備するのは大変です。

 宮坂光昭著『諏訪大社の御柱と年中行事』では、「磯並社神事」の冒頭で以下のように紹介しています。

「花鬘の乙女たち」 旧暦三月上旬、山の雪も消え、草や木に花の咲く頃、磯並神事がある。十三日間続く上社の春祭り最後、納めの祭りである。祭りに集まった人達の帰り道、若い女性や子供達はフキノトウの花などで輪を作り、髪の上に花鬘(かずら)をのせて、にぎやかな声で笑いざわめいて家路につく。諏訪の春の讃歌である。

 著者の名調子に、決して華やかではありませんが、その質素さが乙女の髪飾りに相応しく思わず頷いてしまいました。もちろん、現在では全く廃(すた)れた風習ですが、若い乙女が萌え出たばかりの「若草の髪飾り」をつけた姿を想像すると心が浮き立ちます。こうなると、(年寄りが相場の)氏子総代は孫娘でも知人の子供でもよいから強制的に参加させ「若草の髪飾り」の復活を、と思いましたが、区の事情もあるしギャラリーが皆無だったらかわいそうだし…。

磯並四社祭(磯並社・瀬社・玉尾社・穂股社) 20.4.19

 「夏直路(なすぐじ)」の語源とも言われる一直線の急坂を、車はうなりますが人は楽々と磯並社の前で降りることができます。麓はすでに桜ですから、かつての峠越えの冬の人馬の難儀さを想像するより、諏訪神社上社の春祭りの納めである「磯並神事」を思い浮かべることにしました。

磯並社祭

磯並社祭 播(はた)が幾つも立って賑わったと言われますが、今は一般の参拝(見学)が2人という磯並四社祭の一つ磯並社祭です。
 麓の下馬社から磯並社へ、人間だけがテレポートしたような同じ陣容で神事が始まりました。すでに神饌が案の上に置かれていますから、「献饌」といっても瓶子の蓋をとるだけです。下馬社と全く同じ流れで終了し、「引き続き瀬社祭を行います」の声に促されて上に登りました。

瀬社祭

瀬社祭 私は、未だに「この祠は○○社」と自信を持って言えません。本では確認してあるのですが、改めて神職の声をメモにしました。「瀬社」では、先ほどより傾斜が急なので、神職も移動に慎重になっています。少し離れると藪が刈払われていないので、撮影位置を変えたときにトゲをつかんでしまいました。作業衣姿の若い神職が上の祠まで往復して準備をしています。引き続きの「穂股社祭」と「玉尾社祭」は、平成15年と同じなので省略しました。

磯並山社祭

「直会」磯並山社祭 磯並四社祭からは外れますが、最後の磯並山社祭が終了しました。今日の“追っかけ”も転ばずにすんだ、とカメラをケースに収めていると、「直会」と聞こえました。続いて「カワラケ(土器)」と聞こえたので視線を向けると、瓶子からお下がりを注いでいます。こちらは蚊帳の外の立場ですから仕方ありませんが、それでも淋しい気はします。
 横目で見ていると、作業衣姿の神職が、離れて立つ私に近寄り三方を差し出しました。ここは片手ではまずいとカメラを下に置き、「頂きます」とカワラケを両手で持ちました。ところが、何も入っていません。それでも、口につけると確かにお酒を感じました。舐める程度でしたが、…多くても困ります。

 ここで、5年越しの「現代版・磯並祭」をまとめることができました。磯並社周辺からは「神事や饗膳に使われたカワラケが山積みで発掘された」そうです。その時代に比べ、実に質素ながら今でも続いていることに、諏訪大社に包まれた諏訪神社を益々意識してしまいました。