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蛙狩神事 元旦

中世の蛙狩神事(かわずがりしんじ)

 諏訪神社上社が隆盛を極めていた頃に書かれた文献から、「蛙(蟇)狩」に関した部分を抜粋して紹介します。
 まずは、『諏方大明神画詞』にある「正月一日」の一部です。

 さて御手洗河(みたらしがわ)にかえりて漁猟の儀を表す。七尺の清滝氷閇(とじ)て一機(はた)の白布地に敷けり。雅楽(がこう)数輩、斧鉄を以て是を切り砕けば、蝦蟇(ガマ)五ッ六ッ出現す。毎年不闕(ふけつ※欠くことがない)の奇特(※不思議)なり。壇上の蛙石と申す事も故あることにや、神使(おこう)小弓小矢をもて是を射取りて、各串にさして捧げ持ちて生贄の初とす。
諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書 第一巻』

 次に、『年内神事次第旧記』から、蛙狩の部分を紹介します。

 正月一日、垸(※椀飯)過て大宮(※本宮)へ御参有、蝦蟇(がま)有て六人神使殿(むたりのこうのとどの)一つゝ射させ申、是は蝦蟇神之例なり、取たる時は御先を開ける、御柱より下を神使殿・神長殿、乱声(らんじょう)と云の二字なり、
 火を打、丸炎(焼)にして神人(じにん)皆持、又餅を肴にして御酒一献有、
武井正弘編著『年内神事次第旧記』から訓読文

 代わって、『諏訪上社物忌令之事(神長本)』にある〔七石之事〕から、御座石を説明した部分です。天下を乱したという蝦蟆神の記述があります。

御座石と申は正面之内(※諏訪大社本宮)に在り、件之(くだんの)蝦蟆(がま)神之住(む)所之穴龍宮城え通(ず)蝦蟆神を退治、穴破(り)石以(をもって)(ふさぐ)、其上に坐玉(たまい)し間、名を石之御座と申也、口伝之(これ)在り、
諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書 第一巻』
 同書の〔七不思議事〕から、「一、正月一日之蝦蟇狩事」です。
蝦蟇神大荒神と成り、天下悩乱の時、大明神(※諏訪明神)(か)を退治御坐(ま)し時、四海静謐(せいひつ)之間、陬波と云字を波陬(なみしずか)なりと讀(よめ)り、口伝多し、
望む人は尋べし、于今(いまに)年々災いを除き玉う、謂に蟇狩是なり、

江戸時代(幕末)の蛙狩神事

 文政2年(1819)発刊の、乾水坊素雪著『信濃国昔姿』に載る〔一、勅使殿〕から抜粋しました。

…毎年正月元旦には神前に而蛙狩の神事 是七不思議の其一なり、終わりて大祝勅使殿に昇壇在て、則神前にて行事ありし、蛙を両奉行之内にて大祝の前へ備え置て、後切裂て備(供)え、残る所を持て下殿し上司中にて配分し頂く也、是当社にて第一の神符にして、重し病人に預かしても同便を禁じ野便にさする也、
諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書 第四巻』

 蛙狩り神事で用いられたカエルが、重病人に効く薬として使われたことがわかります。あまりにも“ありがたいもの”なので、排便はトイレではなく(いわゆる)野糞で済ませろ、ということでしょう。

 諏訪大社関連の本では、「蛙狩神事は時代で大きな違いがある」として多くの事例を挙げて解説しています。しかし、それらをすべて紹介するのは不可能なので、古文献の中から幾つかを紹介するだけに止(とど)めました。

平成16年の蛙狩神事

 歳旦祭終了後、神職と諏訪大社大総代の一行は、宝殿と摂末社遙拝所で拝礼を済ませてから御手洗川へ向かい「蛙狩神事」を行います。この神事は「諏訪七不思議」の一つに数えられ、「当日は必ずカエルが見つかる」とされています。

蛙狩神事16.1.1 使丁役の二人は、鍬で川底を浚いながら徐々に上流へ移動します。何回か指先が落葉混じりの土砂に延びた後、今年も言い伝え通りに捕えることができました。


蛙狩神事 布橋を、先導役の神職の後に、贄を載せた三方を捧げ持った神職が続きます。一行は四脚門から幣拝殿へ戻ります。


蛙狩神事 壇上で、カエルは篠竹の矢で射抜かれ、初贄として神前へ捧げられます。
 ただし、拝所からは、望遠で撮った写真でも神職の背中越しに小弓が見えるだけで、詳細はわかりません。


蛙狩神事 16.1.1 案に置かれた初贄()を前に、宮司が祝詞を奏上します。諏訪市史編纂委員会『諏訪史中巻』では、「例のまにまに蛙狩の神事仕えまつりて大贄に仕えまつり…」と祝詞の一部を紹介しています。


平成28年の蛙狩神事

 今年は非公開で行われました。今後はこの流れで続くと思われます。

蛙狩神事について 28.1.2

 蛙狩神事の本義については諸説ありますが、私は、そのどれにも頷いてしまいます。しかし、それではこのサイトの“独自性”が失われますから、自由な発想で考えて(こじつけて)みました。

蛙狩りは「先住民が、征服者に忠誠を誓う儀式」

 蛙狩りは、前宮ではなく本宮で行われる神事です。また、贄に(シカではなく)カエルを使うことから、ミシャグジの祭祀ではないことが明らかです。その内容も(ミシャグジが憑依した)神使が貢ぎ物を大祝に捧げるというものですから、言わば「守矢神が、建御名方命に忠誠を誓う」ことを儀礼化したものと言えます。
 贄(貢ぎ物)にカエルを選んだのは、その昔から「ヘビの好物はカエル」という認識があり、真冬でも捕獲が容易ということにあったのでしょう。守矢神の後裔である神長官にとっては屈辱モノの神事となりますが、ミシャグジの本拠地である前宮から離れた本宮で行われますから、「まー、いいか」と受け入れた彼の心内を想像してみました。

七不思議「蛙狩り」

 七不思議の一つ「蛙狩り」は、「いかなる年でも必ずカエルを捕らえることができる」というものです。これは、「カエルが、自ら贄になることを望んで現れる」ということですから、古(いにしえ)の洩矢神と建御名方命の関係にも通じます。
 小岩高右衛門在豪著『諏方かのこ』から、〔一、七不思議〕の「元旦蛙猟」を転載しました。

(前略) 神前において小弓をしてこれを射、牲となす。往古より欠る事なし。宝永三丙戌年大晦日より元朝まで大に雨ふり、瀧の氷もとけ、洪水して蝦蟇求めがたく有つるに、階(きざはし)の上に蹲踞(そんきょ)たり。神妙なれば記録し侍(はべ)る。
諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書 第四巻』

 「季節外れの洪水で河床が流されたが、カエルが、捕らえられるのを待っていたかのように座っていた」というものです。

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