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御符渡 1月11日

 平成21年のこの日は、今冬最高の冷え込みとなりました。朝7時、自宅(原村)の軒先に吊してある棒温度計は-9℃を指していました。この分では、真冬日の「御符渡(みふわたし)」となりそうです。

 諏訪大社にグチを言っても“首をすくめる”はずはありませんが、寒さは我慢するとしても、日陰の斉庭(ゆにわ)は、私の廉価版のカメラでは暗過ぎます。カメラの性能云々はさておいて、まだ氷点下と思われる日陰の片拝殿に御頭郷の役員が着座しました。

御符渡
御鏡下の三方が「御符」

 今日は、「祭」と染め抜かれたハッピが多く見られます。岡谷市の「御柱祭統一ハッピ」ですから、御頭郷総代や各地区の氏子総代も参列しているのでしょう。
 権宮司が神前に奉安した御符を前に、諏訪大社大総代に続いて御頭郷総代代表も玉串を奉奠しました。

御符渡

 権宮司が御符を下げて宮司に渡すと、いよいよ御符渡です。昇壇した御頭郷代表を前に、宮司が御符を読み上げました。シャッターチャンスとアングルを狙い続ける私に余裕はありませんが、それでも「岡谷市」だけは聞こえました。
御符渡 拝殿の向拝柱や欄干、さらに大きな冬青(ソヨゴ)の木が邪魔をしてアングルが限られます。地元ケーブルテレビの大型ビデオカメラの背後から腕を上に精一杯伸ばし、斜めに曲げたモニターを仰ぎながら御符を受け取るシーンを撮りました。
 翌日の新聞を見て、代表して御符を受けたのは岡谷市在住の諏訪大社大総代会議長の「宮坂」さんと知りました。

平成24年の御頭郷は「原村・境・本郷」

御符渡 何年かぶりで御符渡を参観しましたが、御符が三通渡されたのを見て「アレッ」と思いました。考えてみれば、今年の御頭郷は原村と富士見町内の二地区です。「計三地区」なので不思議でも何でもありませんが、過去の参観はいずれも「一区・一通」だったので、不思議に思ったのも無理はありませんでした。

江戸時代は「御符納」

 宮坂光昭著『諏訪大社の御柱と年中行事』では、以下のように紹介しています。

 正月十一日には、御頭の村の社宮司社に御符納(みふおさめ)がある。上社宝印である、鹿角製で印面は意味不明の朱印がおされた御符を渡され、当番の終わるまで奉安される。
 この日から御頭郷は、村境に精進潔斎のため、境〆(さかいじめ)の幣帛が四ヶ所立てられる。村の御頭御社宮司社近くに、神使と奉仕する氏子、鹿人(ろくびと※料理人)などの住む「精進屋(お贄場ともいう)」という建物を作る。この建物に神長はミシャグジ神を降ろし、一同は別火、新調の道具で、みそぎとはらいの精進に入り、三月の酉の日の祭り、御頭祭(大御立座)まで準備に入る。

 現在はこの場で御符を渡され、御頭郷の拠点となる公民館などに持ち帰ります。写真で見た御符には、「本年内縣御頭番之事 依御占差定畢 守成規 可勤仕者也」と書いてありました。私は「ほんねんうちあがたおんとうばんのこと みうらによりさじょうおわり せいきをまもり きんしすべきものなり」と読んでみました。