諏訪大社と諏訪神社トップ / 上社神事メニュー /

ミシャグジにまつわる「一年神主」について 27.7.29

 『ウィキペディア』に、〔ノート:ミシャグジ〕が載っています。この冒頭に「Template:精度、正確性」として、以下の文があります。

最終更新 2009年12月24日
特に気になったのは、「一年神主」の辺りです。前から気にはなっていたのですが、なかなか改稿が進められなかったことと、こちらのブログ[1][2][3][4][5])で取り上げられていたこともあり、{{精度}}{{正確性}}を貼りました。

 つまり、〔ミシャグジ〕にある[一年神主]の節(せつ)は正しくない、という断り書きです。
 当時、その根拠として挙げた「こちらのブログ」である『五十六億七千万年の孤独 摸捫窩のジオログへようこそ』を読み、筆者の簡潔かつ見識の高さに驚かされました。ところが、現在、そのブログは存在していません。

 今回、これだけのものがネット上から消え去ったのは惜しいと、再配布することにしました。しかし、ネットでは、作者の消息をつかむことができません。そこで、本人の了解を得ずに公開することにしました。

 二部(前・後)に分かれているものを、一括して転載しました。テキスト形式で保存してあったものなので、微妙な“間合い”は正確ではありません。文中のは私の補注です。

汝、神の眷属とならん

 今日は、諏訪のミシャグジにまつわる一年神主の「伝説」について少し書いてみたいと思います。

1) 殺害口碑説について

 神使(おこうさま)殺害の「口碑」を伝える大元は、管見では諏訪の郷土史家で、ミシャグジ神の研究で知られる今井野菊氏の記述ではないかと思われます。
 諏訪の研究者である田中基氏や北村皆雄氏、歴史民俗学者の吉村睦志氏などもこうした「口碑」に触れていますが、何れも今井氏の研究を引いています。また、これらの論考中ではしばしば菅江真澄の紀行文や「物忌令」、諏訪社の祭式などが証拠としてあげられますが、あくまでこれは間接的なものです。
 従って、私が確認し得た範囲ではありますが、いずれも文献史料だけでなく、(おそらく今井氏の報告した「口碑」の存在を元に論じられています。
 これらのことからは、この「口碑」が本当に古くから伝えられていた“伝承”なのか、近現代の知識人が実際の祭礼や史料を元に想定した謂わば“仮説”であるのかは判断できません。
 なお、ネット上のwikipediaなどには諏訪社上社の神使に関してではなく、「守屋神社」の神主について一年ごとの殺害伝承があったとの記述があります。しかしこれについて私は、残念ながら明確な出典を見たことがありません。

諏訪には、守屋神社は存在しない

2) 柳田國男の神主殺害説について

 柳田國男の神主殺害論(「一つ目小僧」等)は有名ですが、特定の神社の祭式について述べたものではないと思います。そもそも柳田の論は、神や妖怪に片目や片足と伝えられるものが多いのは何故かという点が主な論点なので、そう言った点でも微妙に整合性が取れていないようにも思えます。
 また、「一年神主」の言葉も、順番に神職を勤めるという所謂“頭屋”制度を指すもので、一年ごとに神主を殺害する意は含まれない言葉であるはずです。
 そしてこれも同時に語られることの多い大和岩雄の神主そのものが神と見なされた云々の議論も、なぜ神主を殺害する必要があったのかという柳田の主張を修正する意見であって、諏訪信仰と直接関わるものでは無いように思われます(これは大和の論文の現物が手元にないので、間違っているかも知れませんが)。
 ただし、今井野菊氏の論中では、殺された神使は神の一統(神徒)として生まれ変われるという考えがあったと述べられており、この辺りで議論が混乱しているような気がしないでもありません。

3) 一年神主に関わる言説の流布について

 先に述べたように、「口碑」の出典はおそらく今井野菊氏でしょう。しかし神使(おこうさま)殺害の口碑が良く知られているのは、『神長官守矢史料館のしおり』の記載(文:藤森照信)によるものだと思われます(これはアルム=バンド様のご教示によります)。「口碑」に関する記載のある今井野菊や田中基の論考は、あまり流布していないように思われます(藤森照信は文章も上手で、これも影響しているかもしれないですね)。
 一方で、菅江真澄の旅行記などに記録されている祭礼の様子からは、神使が手荒く扱われていることをうかがうことができます。しかし、直接的に殺害を示唆するものは無いようですし、当時祭事に関してそのような伝承があったという記録も無いようです。また、「物忌令」にも(当然ですが)儀礼的殺人が行われたという内容はありません(なお、私見ですが田中氏らの「物忌令」の解釈には疑問があります。私はここから神使殺害の痕跡を辿るのは無理があるように思われます)。ですからこれら古典文献から神主殺害の物語が流布するというのは少し考えにくいように思われます。
 結局、祭の中心人物の殺害という衝撃的な内容や、それが一年ごとである点、御頭祭など柳田國男が『一つ目小僧その他』で言及した事例と深く関わることなどによって、“神使殺害の口碑”が“一年神主の伝説”となってしまったのではないでしょうか。その過程で神使と大祝、神長官が混同されてしまい、ミシャグジを祀る神社(守屋神社)では「任期を終えた神官が次の神官が決まると同時に人身御供として殺されるという「一年神主」の伝承も残る」(wikipedia「ミシャグジ」より)などということになったのでしょう。

「守屋神社」は削除された。

 個人的にはこの記述はだいぶ怪しい気がします(ただし「守屋神社」についてそう言った伝承の報告があるなら事情は変わります。神主自身が殺されるという明瞭な伝承を私は聞いたことが無いので、もしあれば大変興味深い例です。柳田論を証明するとも言える伝承となるはずなのですが…。あるのなら是非とも聞いてみたいです)。

汝、神の眷属とならん(後)

摸捫窩さんのイラスト さて、なぜこんな事を書いたのかについても少し述べておきましょう。
 これまでに、生贄や人身御供、人柱などについて様々な研究者が書いた論考は、結構な数が存在します。しかし、少なくとも私が読んだ限りではそのような論考の中で諏訪大社の例が取り上げられることは殆どありません(随筆風の文章中では見たことがあります)。これを不思議に思ったというのが元々の動機です。
 ミシャグジ神と神主殺害については、これまでは結構有名な話だと思っていたのですが、意外にきちんとした根拠(文献資料など)が無いお話なのかもしれません。
 ※もちろん私は郷土史家の報告を否定する訳ではありません。少なくとも戦後には諏訪の地にそうした話が伝えられていたのは事実でしょう。
 諏訪に限らず、生贄や人柱の研究史をたどるのは、エスノセントリスムとの関わりもあって中々難しいのです(柳田自身が後の論考で生贄の実在を(かなり情緒的に)否定しています)。論者の信念が強ければ強い程、論の目的が何なのかが分からなくなってしまうのです。
 ちなみにこれらの諏訪信仰に関して、ネット上では首を傾げるような内容の記述も散見されます。建御名方が諏訪でミシャグジとなった、なんていうものもありました。異論や異説があるのは構わないのですが、あまりに変なものはどうかと思います。勿論、私の書いている事が総て正しいなどとは全く思ってはいませんが。
 そんな不思議な記述の源泉を探して、最近ムックの類や研究書っぽくないものも読んでみました(ムックなどは、基本的に事典や既刊の概説書・啓蒙書などを元に書かれているので、いつもは私は余り参考にしないのです)。
 するとこんなものがありました(→『神道の本』学研1992)

私も買いました。今は資源物となって…。
「古くは、この神(ミシャグチ神のこと:引用者註)の託宣を伝えるために1年ごとに選ばれた神主(一年神主)は殺されたらしい。この神主殺害について、柳田國男は(中略)大和岩雄は(後略)」  「次男のタケミナカタ命は反抗して敗れ、諏訪へ逃げのび、そこでミシャグジ神となったという」

 一年神主や柳田國男に大和岩雄、ミシャグジ起源の混乱などが一冊にまとまってました(なお、本文中の「一年神主」は正しく使われているのですが、当該部分だけ見てみると誤解されかねない文章の気がします)。後者の文章は間違いじゃないかと思うのですが……。
 この類の書籍が震源地なのかもしれません。活字となっていても、内容が怪しいものはいくらでもあるようです。いや何というか、自分でも怪しいものを書いていることをすっかり棚に上げてますが。
 まあ、こうした本は巻末とかの参考文献を利用するに止めるのが良いかもしれないですね。あとは執筆者で判断でしょうか。
 異端説を説くにせよ、創作を行うにせよ、やはり基本的なことは押さえた上で展開すべきだと、個人的には思うのですが。
 ともあれ、この話、一見みんなに良く知られた確かな話のようで、細部を詰めようとすると曖昧ではっきりしません。どうもその伝説の内容そのものより、何故“誰も表向きには何も言わないけど、実はみんな知ってる”みたいな形で一般に流布したのか、そちらの方が何だか怪談じみているように思えます。
 きっと皆、こういう話が好きなのでしょう(あ、私もか)。

 ちょっとだけ前回の補完を。
 何となく文章を書き始めてしまったので、議論の基本となる概念をきちんと規定していませんでした。これは読む側に対して極めて不親切で、誰かに読まれる事を前提に書かねばならない場ではやってはいけないことでした。
 今更ですが、主題として取り上げた伝説について、その概要を記して見たいと思います。
 諏訪社に関して、しばしば神職殺害の伝説が存在したという記述を目にします。ところが、語られる“伝説”をよく見てみると、私にはそこには幾つかの異なる位相の仮説(伝承)が重ね合わされているように思われるのです。
 一つは柳田國男が『一つ目小僧その他』において提出した仮説です。
 柳田國男は、各地に残る片目の神や片足の神の伝説から、かつて祭を行うごとに神主を殺害した習俗が存在したと主張しました(なおそこでは、神様だけでなく、山童や一つ目小僧のような一眼(時に一足)の妖怪、鎌倉権五郎のような片目の人物、体の一部を欠いた動物(片目の魚、耳裂鹿等々)なども取り上げました)。元々は「神主」役の人間が逃げられないように片目を潰し、片足を折っていたのではないかというのです。こうした特徴が後には神聖な“しるし”として記憶されたという訳です。
 柳田は、こうした「神主」は死んだら神になれるという信念から、清浄な精神を持ち、良く神の言葉を伝えたと考えました。
 一方、この「神主」自身が神として信仰されていたという見方もあります(この見方に関してしばしば言及されるのが大和岩雄です)。毎年殺されることで、その生命を育む力が更新されるという考え方です。
 柳田のこの「神主殺害」仮説は、フレーザーの『金枝篇』に影響を受けたものと言われ、後に柳田自身が人身御供の実在に否定的な主張を行ったため、後世この仮説が展開されることは無かったように思われます。
 この点に関しては私が専門ではないため、本当の現在の状況はわかりません。ただ、書籍などを見る限りでは、民俗学では基本的にこうした生贄・人身御供は“伝承の中の出来事”として認識されているようです(つまり、実在したかどうかを問題にしない)。
 ここまでが柳田の「神官殺害」仮説の概要です。柳田は一つ目の神や妖怪の例を日本各地から集めており、特定の地域や神社の信仰について述べたものではありません。
 もう一つは諏訪地域に伝えられた“伝説”です。
 これは、かつて諏訪上社の御頭祭の後に、県廻儀礼の中心となる児童が神域で殺害されたという「口碑」です。
 この児童は神使(こうどの/おこうさま)と呼ばれ、厳重な物忌みの後に儀礼に参加します。古くは神長の子(大祝そのものだったと主張する人もいます)が勤めましたが、時代が下るにつれて下級の家柄の者が勤めるようになったといいます。
 そしてその神使は御頭祭の夜に密殺されたという「口碑」が存在するというのです。また、これに関連して、神殿において殺された者は神直系の人間として生まれ変わることが出来るという「口碑」もあったといいます。さらに、神使を縄で柱(杖)に縛り付け、「馬から落とした」とか「打擲の体をなす」など、神使を虐待したらしい古記録が残っていること、そして馬での古道を廻る向きが所謂「葬式廻り」であること、「物忌令」中に社内で人死にが出た場合の記述があることなどもその証拠として挙げられることがあります。
 これが諏訪地域の“伝説”の概要です。

 なお、前回もちょっと触れましたが、「一年神主」という言葉が、一年ごとに神主を殺害する習俗を表すというニュアンスで用いている文章が散見されるのですが、これは相応しくない使用法ではないかと思います。一年神主は、あくまで一年ごとに交替で祭祀の責任者を勤める制度のことで、頭屋などとも呼ばれ各地にあったものです。
 今、諏訪社に関する「神主殺害」の伝説が語られる際には、以上述べた二種類の仮説が重なり合っているように思われるのです。
 この二つの仮説は本当に重ね合わせることができるのか、そもそも仮説を諏訪に当てはめることに妥当性はあるのか、という疑問から前回のエントリを書いたのです。
 ところが、論の前提となるはずの、現在流布している“伝説”をきちんと定義しないで書き進めたため、分かり難く独りよがりな文章になってしまいました。今回で少しでもその補完ができれば良いと思っています。
 ただ、かえって分かり難くなったかもしれませんし、間違った部分があるかもしれません。何か御意見突っ込み等々御座いましたら何なりと仰って下さいませ。
 そもそも、分かり難い文章を書いてしまったのは私の理解不足・文章力不足が第一の原因です。自分できちんと内容を整理・理解していないと駄目な文章になってしまいます。
 まだまだ精進が足りません。

 筆者は謙遜していますが、冷静に客観的に正論を述べていることがわかります。

 “神使生贄説”を唱える人は一読して欲しいのですが、凝り固まっている頭では受け入れることができないでしょう(と決めつけるのも、私の頭が硬くなった現れか)。
 実は、私が諏訪大社や御柱祭のサイトを立ち上げた頃は、「さもありなん」と、大々的に「神使殺害説」を(得意になって)取り上げていました。その後、諏訪大社関係の書物を読むようになってから、そのことを削除したのはご承知の通りです。