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荻宮社祭 諏訪市四賀 20.11.25

 同日の午前中に行われる「藤島社祭」はパスしました。午後の「荻宮社祭」とは間が空きすぎ、(神事に面倒などとは言えませんが)出直すのが大変だったからです。
 午後2時開始という余裕でしたが、駐車場にした足長公園に着いてみれば「5分前」という慌ただしさでした。早足で荻宮へ向かいます。

荻宮社祭

 すでに、地元の諏訪大社大総代と氏子総代などの役員が揃っていました。余りの大所帯に驚いたので、数えると8名もいました(後に、足長神社の氏子総代と荻宮奉賛会合同と知りました)。逆に、諏訪大社から参向した神職は一人でした。上・中・下の「十三所」で、計39の摂末社があります。その中での32番目ですから、宮司他が参向する「磯並社祭」とは違い、若い神職一人になってしまうのでしょう。

 神饌の品を(正式な位置に)並び替えるのが終わると、荻宮社祭が始まりました。「長老」というにはまだまだ若い一人の役員が、玉串奉奠で昇段する際の靴を脱ぐ位置などを指図します。司会役が玉串奉奠の名前を読み上げますが、順番や人数などにも口を出します。一般的に、神事に関わる役員は副の年を含めても2年が任期でしょう。年一回で、しかも実質10分に満たないお祭りですから、覚える間もないし気もないでしょう。式次第に口を挟まれる司会役は迷惑でしょうが、こういう人がいるからこそ伝統が保たれます。“嫌がられても”長生きをして欲しいと思いました。

荻の幣帛 玉串は、諏訪は寒くて榊が自生していないので「ソヨゴ(冬青)」を代用します。それに「荻の穂」を添えるのが“ミソ”です。かつて「荻で社殿の屋根を葺いた」という故事が今でも残っています。江戸時代の古絵図には「ミシャグジ(御社宮司)」としか書かれていませんが、やっぱり「荻宮なんだなー」と納得してしまいました。

 神事終了後は、カメラを抱えただけの余所者(よそもの)では無理もありませんが、御神酒の輪からは外れました。しかし、準備がやや長引いたのが幸いしてか、「仕切っていた長老」の一声で私にも紙コップが廻ってきました。神職から「今日はお祭りですから、おめでとうございますでお願いします」の断りがありました。この一言がないと必ず「乾杯」の声が混ざりますから、一同揃って「おめでとうございます」で荻宮社祭が締められました。舐める程度の量ですが、写真撮影が目的とはいえ後ろで参列した私には嬉しい気遣いでした。さらに、余った玉串までいただき、最高に気分をよくしました。帰ってからの話ですが、これは「妻の年末ジャンボ用の縁起物」になってしまいました。

荻宮の屋根 「本殿」と言っても、拝殿に比べればただの石祠になっていますが、(多分)今朝“葺き替えた”荻が置かれていました。初めて見たときは、「スクラップの鉄板と鉄筋」では神様に申し訳ない、と思いました。こうしてみるとまさに合理的であることがわかります。ピッタリに切断した鉄片で根元を押さえ、(茎がよく見えるように、かどうかはわかりませんが)転げ落ちないように曲げた鉄棒で中間を押さえる工夫をしたのが見て取れました。