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鶴之抱行器と兎之抱行器 ver25.2.7

■ 著者名のない参考文献は、諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書』に収録されている文書です。

 「ほうこうき」と初めて読んだのが、宮坂光昭著『諏訪大社の御柱と年中行事』にある「御頭祭」の章でした。ここに、『諏方大明神画詞』に出る「美を尽くす」の具体例として「鶴之抱行器(他)」を挙げています。ところが、その説明がないので「ツルが何かを抱えた器」程度の認識で済ませて来ました。その後、思い出してはネットで検索するのですが、毎回無視されるので(わからなくても差し支えないこともあって)首をひねって終わりにしていました。
 その中で「行器」は「ほかい」と読むことを知りました。

【行器】 食物を入れて持ち運ぶのに用いる器。形は丸く高く、蓋(ふた)と外側へ反った三本の脚があり、杉の白木製のものや黒漆塗りのものなどがある。
『weblio』

鶴之抱行器・菟之抱行器

 (諏訪頼重を殺しておきながら)「衰退した諏訪神社の神事を再興しろ」という命令書が、永禄八年(1565)の通称『信玄十一軸』です。その中の一つ『大立増之御頭規式』(以降『規式』)から、宮坂光昭さんが引用した「鶴之抱行器」に関する部分を転載しました。

一、三月一の御頭、初の酉之日十間廊于(に)於いて之(これを)勤。規式之次第、二重手懸・鶴之抱行器・同菟(兎)・置鳥・置鯉・同拾二合是等者(これらは)厳物(いかもの)成。御頭終而(して)大祝殿へ上がる。

御頭祭絵図 古文では連文節変換が使えないので一字ずつ変換していたら、「同菟」が「菟之抱行器」であることに気がつきました。
 左図は、『菅江真澄民俗図絵』にある御頭祭をスケッチした中の一部です。これが「菟之抱行器」と考えられますが、対になる「鶴之抱行器」が描かれていないので確定に至っていません。


手かけたきほかい

 『神長守矢満實書留』の「文正二年(1467)」の項に、「たきほかい」を見つけました。神使(おこう)が精進潔斎をする御頭屋の神事を書き留めた文です。原文はカタカナです。

一、同御頭御酒肴五貫、花岡殿。御穀儀式五貫文、美作殿。
二重二具手かけたきほかい二具神たなもり(棚盛)物ともに牛山弥二郎殿…

 ここに「手かけたきほかい」が出てきます。把手が付いた「手懸抱行器」と思われるので、『規式』の「抱」は「たき」と読んでよさそうです。

かいほかい

 『諏方上下社祭祀再興次第』に、七貫文・五貫文・三貫文とある3ランクの「神事規式」がありました。「五貫文之所より勤神事供物等之次第」に、「かいほかい」が見えます。

一、大夫(太夫)振舞かいほかい百文

 今度は「かい」が出てきました。「貝行器」なら「貝合わせの貝を収納する行器」ですが、ここでには当てはまりません。
 江戸時代の文献には木の太さを表現する◯人「抱え」を「かい」と書いてあるので、戦国時代から江戸時代までは「抱=たき=かい」の三通りの呼び方・書き方があったことが考えられます。

再び「たきほかい」

 次は、「郡内諸家文書」から時代不詳の『御細工覚書』です。「御印きう様(ご隠居様)」などの当て字とひらがなが多く見られるので、容器などの注文を受けた“作文”が苦手な商人の書き付けと思われます。

おほえ(覚え)

八月廿六日より中左衛門殿御奉行御さいく(細工)

一、御印割箱子 一つ

  (略)

御かう(神使)参候頃物之事
一、廿てかけ八かうたきほかい四つ

一、たかたな(高棚)におきとりのたい(置き鳥の台)ひきこいの大(引き鯉の台)十二かう

 「かう」が意味不明ですが、すでに何回も出ている「合」のことでしょう。本来は蓋のある物の数詞ですが、この時代では厳密な区分けはなかったのでしょう。

すべては「炊行器」か!?

 ひらがなの「たきほかい」を何回も読んでいるうちに、抱行器は「炊行器」で「(単に)炊いた飯を入れる容器」ではないかと思えてきました。冒頭に挙げた「鶴と兎の抱行器」が「厳物」とあるので、どのような(奇抜な)ものかと興味を持ち続けてきましたが、結末は“これ”で終わりそうです。
 ただし、『規式』に出る“炊”行器は大祝への献上品ですから、鶴と兎が描かれた蒔絵が施されていたことも考えられます。