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夕祭(御頭祭) 4月14日

 祭事表では、ただ「夕祭」とありますが、翌日が「御頭祭」なので“前夜祭”ということなのでしょうか。平成19年の当日は日曜日なので、西山の神社巡りコースの最後に加えました。

夕祭

 斉庭をのぞくと、幣拝殿の前にはすでに神輿が置かれています。左にはテントが張られ明日の御頭祭の準備は万全のようです。それだけを確認してから、一段下の境内に戻りました。4月半ばの4時ですから風も冷たく感じられ、参拝者も疎らです。

諏訪大社「夕祭」の献饌 社務所前で手を浄めている神職は、宮司を含めても数人でした。神職の列は、まだ日の当たっている石畳から完全に日が陰った石畳へ。さらに名残の木漏れ日がわずかに残る屋根の下、カメラの露出が気になる片拝殿に着座しました。今日は神職のみで、諏訪大社大総代の指定席である右片拝殿は空っぽでした。雨除けのシートを被った神輿が、何かチグハグです。

「夕祭」諏訪大社上社 夕祭が始まりました。今日は「東山田長持保存会雅楽部」ではなく、自前の神職3人による雅楽演奏です。笙は、御田植祭でも演奏していた巫女さんでした。
 神事は、いつもの修祓から始まるコースで、「前夜祭」から受けるイメージとは違う地味なものでした。古くは十三日間に渡った「春祭り」ですが、今は御頭祭だけになってしまいました。

明治初期の夕祭

 諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書』からの転載です。

 四月十四日
朝より明十五日例祭御幸の用意を整て夕祭の執行あり、夜に入り御殿を始て神灯を灯し庭燎(ていりょう※かがり火)をたく、此里人の家々には百燈をかかげ参拝の人々は終夜に及べり、頭郷の人々は此里に宿をか(借)る、
岩本尚賢稿『上社年内祭祀ノ大畧(略)』

 この頃は、家々の玄関前に祭り提灯が掛かり「前夜祭」の賑わいがあったことが想像できます。現在の御頭郷総代や役員は御頭祭当日の朝に車で駆けつけますが、当時は一泊したことがわかります。十年に一回まわってくる御頭(当番)ですから、ドンチャン騒ぎをしたのかもしれません。