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福与諏訪社 上伊那郡箕輪町 19.4.8

 信号待ちの間にカーナビを覗くと、「福与諏訪社」と「御射山三社」を表示しています。現在位置の国道からはほどほどの距離なので、立ち寄り参拝をすることにしました。

 表示している最短の道に乗り入れたことを後悔しました。一車線幅でした。様子見で少し走り込んでみましたが、軽トラなら何とか行けるという登りのヘアピンに阻まれました。「これまで」と停止すると、草に覆われていますが直進する道があります。しかし、目で追った先には、道路の構造物であったと思われるコンクリートの塊が横たわっていました。
 表現上の泥沼と現実の泥沼に陥るのを避けるために一旦降り、水たまりの上の濡れた草を強く踏んでその下の固さを確認しました。障害物ギリギリまで寄せ、バックでヘアピンに車の全長分だけ入り込ませました。恐れていたお尻のガリガリ音は聞こえません。数回の切り返しで向きを変えることができ、四輪駆動+オートマチックに感謝しました。通常ならここでシッポを巻いて自宅へ一直線ですが、二つの諏訪神社が何か気になります。同じ画面で公民館を表示していたのを知っていましたから、遠回りですが最も堅いその公民館経由で向かうことにしました。

福与諏訪社

福与諏訪社

 予想外の立派な社殿でした。拝殿からは、紫の幕に白く染め抜いた諏訪梶の神紋が見えます。まさしく諏訪神社でした。脇に廻って覆屋の窓から内部を覗いてみました。ところが、中が暗いためにガラスが鏡と化しており観察できません。一間社流造であることは分かりましたが、新しいのか古いのか彫刻がどうなのかの詳細はまったくわかりませんでした。
 境内には案内板がなく、縁起などの詳細が全く分からないまま引き揚げました。

御明神様の沓石・お明神様の腰掛石

御明神様の沓石
「御明神様の沓石」

 帰りに気が付いたのですが、鳥居手前の右手に黒い石碑が立っています。読むと「この石は諏訪社前鳥居免地籍にあった大石の一部である。言い伝えによればこれは御明神様の沓石と言われたものであって当地籍圃場整備をする際此処に移したものである」とあります。「案内碑の台座が神石」という何かチグハグな設置に、ここは一つ「沓石の脇」に建てて欲しかったと思いました。

腰掛石
「御明神様腰掛石」

 参道を挟んだ反対側にも同様な石があります。碑文も「此の石は古くよりお明神様の腰掛石として言い伝えられ参道入口の鹿垣寄りの道路脇にあって凡三百貫位の石であった。道路改修に支障したので割って其の一個を伝説の石として神社境内に引き付けたものである」という、ほぼ同じ内容でした。こちらも主従が逆で、「解説石御明神様腰掛石(解説石が明神様腰掛石に腰掛けた)」となっています。
 全くの気まぐれから訪れた私がその“展示方法”を批判しても、「余所者が何を言うか」で一蹴されるでしょう。それより、天竜川を遙かに見下ろす河岸段丘の最上部に諏訪神社があり、(今は一部ですが)諏訪明神縁の大石があり、それを祭る人がいることに嬉しくなりました。

 諏訪では今、NHKの大河ドラマにあやかった「風林火山」の桃太郎旗が各所でなびいています。ところが、この福与の地にも「なぜ武田信玄」という同じ旗が道沿いに並んでいます。福与城と読めるのでその周辺を眼で探ると、道向こうの丘に「福与城跡」の案内板が見えました。この時は「?」でしたが、後に、武田勢の攻撃で落ちた福与城と知りました。