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荒神谷の「荒神」 島根県出雲市斐川町 19.5.4

 大量の銅剣が発見されて一躍有名になった荒神谷遺跡。その名前の由来は、近くにある三宝荒神を祭った「荒神谷」とあります。やはり、「荒神谷遺跡と資料館を見学しただけでは片手落ち」と、その荒神様をお参りすることにしました。

荒神に「健御名方命」が合祀!

荒神 荒神谷遺跡公園内で行き交う、これぞ老若男女という群れから離れ、一人その荒神谷の奥へ向かいました。坂道が続くと、公園内に車道です。後に、遺跡発見のきっかけとなった広域農道「出雲ロマン街道」と知った舗装道路を横断すると、ちょっとした平地が現れました。
 その奥に、これを読むと心まで汚れてしまいそうな「荒神」の案内板がありました。書き順なら末席にあたるのでしょうか、「祭神」の一柱に「健見名方命」の名があります。まさに「おーー」です。ここで「諏訪明神」の名を見ようとは思いもよりませんでした。

荒神・須佐男命

荒神(荒神谷)

 左の参道を上がると、大石を前に控えさせた、ワラのネクタイをした大きな荒神様がいました。比較的新しい体です。この辺り一帯の土地所有者が「遺跡景気」で手にした「引き換え金」で新しい碑を建立したと、つい(あらぬ)想像をしてしまいました。
 枯れた榊が覆い、「神」の後に続く字が読み取れません(後に「神須佐男命」とわかりました)。それより気になるのが、異様なヘビを象徴するような注連飾りです。諏訪の「御柱」も見方によっては異様ですから、深く考えずに「所変われば品変わる」で済ますことにしました。帰りに案内板を読み直して「ワラの大蛇」と納得しましたが、蛇体の諏訪明神・建御名方命が須佐男命の首を絞めている図式も…。

 この後に参拝した鳥屋神社の宮司から「ワラ(注連縄)の中に小豆(飯)を詰める」と聞きました。改めて写真をみると、左の石の前に似たような藁苞(わらずと)があります。根元にその赤飯が入っているのでしょうか。

出雲の荒神

 出雲の諏訪神社を巡拝する中で、境内にある荒神を多く見てきました。ところが、各巡拝記でも取り上げたので、重複する部分が気になってきました。そこで、「荒神」のみを抜き出し、この『荒神谷の「荒神」』にまとめてみました。

神代神社「謎の石柱・謎の…」 斐川町神庭

 境内左奥に、林を背負った禁足地風の暗い空間が望まれます。あるはずのない墓石が何やら怪しげな雰囲気を…、と持ち前の興味がもたげます。

神代神社の「社日」と荒神
社日と荒神(この時はわからなかった…)

 その前に建つと、正面が天照皇大神で、大己貴命・稻倉魂命・埴安姫命・少彦命と順に彫られていました。一体何でしょうか。諏訪では全く見られない神様の羅列に当惑しました。「出雲だったら意地でも天照皇大神なんか祭るな」と言いたいのですが…。

神代神社の「荒神」 石塔の右方向で本殿の裏に当たる場所に、幾重にも掛けられた注連縄に、その中がどうなっているのか分からない「正体不明」としか言い様のない“モノ”が立っています。竹の先端に挟んだ幣帛も刺さっています。その朽ち具合から、焼却されることなく年々積み重ねられたことだけは分かりますが…。
 出雲独特のものなのかは別として、諏訪とは確実に異なる「神祭り」の一端を見た思いがしました。その隣には、長い年月で腰が曲がってしまったのか、お辞儀をしたままの小さな石祠がありました。

神庭諏訪神社の「惣荒神」 斐川町神庭

惣荒神 この諏訪神社にも、社殿の左側に「社日」がありました。奥には「惣荒神」があり、かなり迫力がある大きなワラのヘビが巻き付いています。
 荒神谷遺跡にある「荒神」と同じ造りですが、説明板があったので転載しました。

(前略)神庭の弓原地区や原鹿等に残る惣荒神には、それこそ大きな大蛇が祀られているところから、収穫感謝の祭りであると同時に、あの「おろち」〜つまり川の氾濫に代表される大自然の恐ろしさに対する崇拝もあろうと思われます。