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雲津諏訪神社 島根県松江市美保関町 20.5.18

 雲津浦にある諏訪神社ですが、大字「雲津」を附けて「雲津諏訪神社」としました。

 道路地図で、美保神社の手前で岬を横断する道を見ました。181号ながら県道を表示していますが、雲津浦への道を「すれ違いは難しい」と読みました。明日は日曜日なので、早朝に通過することにしました。
 読みは当たり、マイ自動車専用道路になりました。しかし、集落の中ほどが完全一車線です。恐れをなして集落の手前まで戻り、まだ余裕がある路肩に駐めました。
 民宿の看板があり、県外ナンバーの車も見られます。その中を進みますが、動くものには一つも出会わないまま、突き当たりの雲津港に出てしまいました。時計を見ると、まだ6時前でした。

雲津諏訪神社

雲津諏訪神社
諏訪神社鳥居

 散歩でしょうか、自転車を止めて海を眺めている男性がいます。「諏訪神社」を尋ねると、言葉だけでは心許ないと思ったのでしょうか、指の先をたどると、鳥居だという白い棒状のようなもの(上写真右端)が見えました。港を半周すると具体的な鳥居の形を現し、「ようやく雲津の諏訪神社まで来たか」という実感を持ちました。海に面した諏訪神社は初めてなので、結構感動モノでした。
 H綱に(ログハウスのように)丸太を積み重ねた風除け塀が続きます。二之鳥居の前が即・海というのは何か不思議な光景です。その鳥居を後ろにして、先ほど立っていた漁港と背後の山際に並ぶ家を眺め、まだ色を定めきれていない5月の山へと視線を上げます。眺めの締めは、海面下の「のぞき見」としました。
 拝殿前には、海流の影響でしょうか、ソテツと思われる南国の木がくねっています。ここは本当に島根県の諏訪神社なんだろうか、と思うほどです。

雲津諏訪神社の狛犬

 狛犬が巨大な口を開けています。エッと、右の狛犬にも目を振るとこちらも控えめながら「阿」犬です。戻した目でしげしげと観察すると、アゴから台座にかけた部分が溶けたようにえぐれていました。全体に風化が見られますが、何かが集中的にその部分を溶かしたかのような異様な造形です。国内最大と思われた“大口”も、歯を食いしばった「吽」犬とわかりました。灯籠の竿の下部も大きく痩せているので、かつては波打ち際にあったのかもしれません。

雲津諏訪神社本殿 写真ではわかりにくいのですが、本殿が横に二棟並んでいます。案内板がないのでわかりませんが、ここに来る途中に参拝してきた美保神社に倣ったとしました。
 手前の本殿の千木が内削ぎ(上端が水平)なので、美保神社の祭神(女神)「三穂津姫命」としました。奥の千木は垂直ですから、諏訪神社とあれば当然ながら建御名方命の本殿となります。神紋は、出雲に多い「二重亀甲花菱」でした。

雲津諏訪神社拝殿 6時40分。ようやく山の頂きに太陽がのぞきました。その先駆けが拝殿の屋根に達しましたが、右の南国生まれの木はまだシルエットになっています。
 とにかく、鳥居の前が海という、長野県では絶体に見ることができない諏訪神社です。天候にも恵まれて、地元の神様・事代主命に感謝をしました。

雲津港と諏訪神社 「二棟の本殿」だけでも確認しようと、神社に一番近い家に声を掛けました。おば(あ)さんが「おじいさん(夫)なら」と言いますが、その本人の舟が丁度帰ってきました(左写真)。船外機付きの小舟を自宅前の簡易桟橋に繋げます。家の前の駐車場という感覚でしょうか。魚の先入観がありましたが昆布でした。
 「この先に岩穴があり神様が戦をした、という伝説がある」と話してくれましたが、本殿の詳細はわかりませんでした。「《いせくらそうたろう》という兄が諏訪神社の本を書いた。高齢だがまだしっかりしているから尋ねてみたら」と言ってくれますが、今の時間は朝食時です。「(アポなしでは)本人はいいとしても家族に迷惑がかかるから」と礼を言って雲津港から引き揚げました。

諏訪明神 二社あり、建御名方命と事代主命とをまつる、両社ともに四尺四方南向、拝殿二間、梁に四間、祭礼九月廿日なり、天文五年の棟札あり、

『雲陽誌巻之一』〔島根郡〕[雲津]

 祭神の読みは外れました。