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南熊井諏訪社 塩尻市片丘 20.4.14

南北の熊井・中挟は、中世には諏訪社領で近世は高島藩だったためか、神社は諏訪神が祭られている。
『塩尻市史』

 北熊井諏訪社は本殿が県宝に指定されているので、早々に参拝していました。これでは片手落ちなので、かつての南熊井村の鎮守社である南熊井諏訪社に行ってきました。

南熊井諏訪社 神社は低い丘陵を背負っているためか、境内は拝殿を挟んで左右に広がっています。拝殿は瓦葺きで、鬼板も「立穀」紋が見られる立派なものでした。
 各地にある諏訪社の例祭は、本社の「御頭祭」に合わせて4月15日前後に行われることがあります。ここでも最近あったらしく、右方の大木に、締め飾りがついた青々とした冬青(そよご)の大枝が何本もくくりつけてありました。神木のようには見えませんが、南熊井諏訪社一の大木でしょう。拝殿の左方には土俵もありました。

南熊井諏訪社本殿

南熊井諏訪社 覆屋は北熊井諏訪社と同じ形式なので、太い梁が目障りですが本殿の全容がよく見えます。
 屋根を眺めていて、千木の先端が平であることに気がつきました。「内削ぎ」は“一般的”には「女神」の“印”とされていますから、祭神を「八坂刀売命」と挙げてしまいます。
 「諏訪社」ですから祭神は建御名方命で間違いないと思いますが、北熊井村に対抗して、または話し合って「諏訪の上社・下社」を南北の熊井村に再現したとも考えてしまいます。これも案内板がないので、想像の域を超えません。

南熊井諏訪社の蟇股 彫刻や彫り込みに色が残っていることに気がついたので、改めて観察しました。しかし、本殿全体ではなく“重要な部分”のみに彩色したことがわかりました。本殿四面の蟇股に諏訪大社上社の神紋「諏訪梶」が見られます。斜めとなっても、本殿正面の蟇股にこだわりました。

 最後になりましたが、長野県神社庁は「諏訪社」と表記しています。この辺りでは諏訪社が多いので、便宜上、旧村の名前を採って「南熊井諏訪社」としました。


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