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上名久井諏訪神社 青森県三戸郡南部町 20.7.17

由 緒
該社は高瀬地区の東にあり、 上名久井の市街地西の正面に広がる丘の上にあって、建御名方命を祀る神社である。 神社に残されている 「由来記」 には、 建久八年(1197)工藤祐経の孫右京介勧請をはじめとして、 明暦四年(1658)まで南部師行、 東政勝などその他多くの武士からの寄進や奉納について書かれている。
サイト『青森県神社庁』から〔諏訪神社〕を転載

 いきなり現れた鳥居にあわてました。左カーブの頂点右ですから、とっさに、正面に見えた小路を選びました。Uターンして戻ると変則的な交差点で、“不案内車”にとってはありがたい一時停止です。鳥居の横に、急坂ですが参道に沿った車道があるのに気が付きました。思惑通り神社の背後に回り込むことができましたが、鳥居下の裏参道は「人用」で、車道は「関係ないよ」というように山手へ向かっています。やや離れていますが、総合的に「ここなら」という空き地を見つけ、空を眺めてから傘を一本加えたザックを肩にしました。

上名久井諏訪神社 本殿の裏を見てから拝殿の横を通るという諏訪神社入りとなりました。境内左に沿って大小様々な境内社が並んでいます。目を合わす度に、“イメージ会釈”をしながら拝殿正面へ向かいました。
 私は、何か面白いものがないかと拝殿や本殿をジロジロ観察します。そのため、「無礼者」と思われないように、拝礼の後に「よろしくお願いします」と軽く会釈をするのが習慣になっています。その形ですが、上半身を90°曲げることはできます。しかし、拍手のやり方が一向に身につきません。神職と違い杓がないだけタイミングが取りやすいのですが、その度に「何かぎこちないなー」と反省してしまいます。腕の延ばし方・高さ・手を合わす位置など、意識せずに自然と柏手が打てるようになるまではダメでしょう。

 固く締まった一枚扉なので、拝殿内を見ることはできませんでした。開放してあれば、構造によっては本殿の正面を見ることができます。しかし、屋根大棟の神紋が、これでもかという数の「三巴」であることが確認できただけでした。
 境内を一回りすると、「上名久井諏訪神社創建五百年祭記念碑・温故知新・宮司諏訪貞人」の碑がありました。これで諏訪神社の命名に悩まずに済みますが、宮司の姓が何と「諏訪」さんです。諏訪大社お膝元の長野県諏訪でも「諏訪姓」は珍しいので、高島(諏訪)藩主の末裔が「ここに」と思ってしまいました。「諏訪神社新築記念・昭和62年」碑があります。これを見て、改めて拝殿と覆屋が新しいのに気が付きました。

本殿 覆屋のガラス越しに写真が撮れそうです。まず、手水舎の水を浸したティッシュでガラスを拭きました。鏡胴を密着させますが、本殿の方向が斜めなのでどうしても隙間ができます。その間から背後の光が映り込みハレーションを起こしてしまいます。ハンカチで覆って何とか撮った中の一枚が上写真です。

 ワイド一杯でも本殿の一部しか撮れません。その前に置かれた幣帛が三、まで書いて、単位は何だっけと調べました。「へいはく」ではなく「ぬさ」の方に、数え方は「枚」とありました。「本」の方がピッタリきますが、(改めて)三枚の幣帛は、祭神が三柱鎮座していることの現れです。ここは諏訪神社ですから、主祭神が建御名方命であることは間違いありません。合祀の一柱は、拝殿屋根の「紋」から八幡神でしょうか。
 その拝殿ですが、せっかく新築したのですから諏訪大社の神紋「梶」にすべきでした。しかし、長い年月、それも長野県から遙か遠い異国とあっては、八幡様の方が優位に立っていたのでしょう。案内板(由緒)がないので、あれこれと想像するだけでした。

名久井 表参道を見下ろすと、何と先に続く車道と一直線です。「これは」と気になったので、“消滅点”まで歩くことにしました。突き当たりはただの民家で、道は左へ大きく曲がりながら下っていました。家並みには宿場や神社に関わるような造りは残っていません。諏訪神社が先か街道が先か、どちらともわからないまま戻りました。
 往路で気になっていた「焼魚」の看板に釣られました。かつては魚屋だったのでしょうか。店先の一坪くらいの小屋で魚を焼いています。中央の炭火を串を刺した魚が囲んでいますから「浜焼き」の感じです。ベッコウ色に焼け見るからにウマそうです。車を駐めて何人も買い求めています。ここでは日常の光景でしょうが、海辺でもない山の中では、私にはお祭りの屋台と同等です。

 「イカ焼きではないよ」と一言添えられたイカを一杯頂きました。150円でした。“いかに”祭りの屋台の「イカ焼き」がボロ儲けしているのか知れます。ほとんどが処理済み(加工食品)の冷凍輸入と言いますから、その出処(原産地)も明らかではありません。ここでは「総菜」ですから、(私を見て)塗ってくれたタレは薄味でしたが安心して食べられました。昔懐かしい薄い経木と新聞紙で包む、というスタイルが気に入りましたが、「袋はいらない」と言う間もなくレジ袋に収まってしまいました。訊くと、(諏訪大社の御射山祭と同日の)8月27日の例祭にはこの通りに提灯が飾られる、と言います。これは見応えがありそうです。

 立ち食いしながら神社まで戻りました。汚れた指と匂いに、この時初めて手水舎の有り難さを知りました。帰り際に、この街並みの見納めを兼ねて見下ろしました。しかし、夕方とは言えこの明るさです。目を細めても、提灯が連なる情景は浮かんできませんでした。ここまで来たので、地図で知った「諏訪ノ平」駅に寄ることにしました。