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白池・薙鎌打神事旧跡 新潟県糸魚川市 15.10.25

 信濃史料刊行会『新編信濃史料叢書』に、1724年に編纂された『信府統記』が収録してあります。「信濃国郡境記巻四」から[安曇郡の隣国郡境]を転載しました。

一、かくま沢より戸倉山の麓へ移り、其の所より山王池へ見通し小倉明神へ相続き、(中略) 大網村より二里二町五十間余、横川村よりの道も出会うなり、山王池は小さき池二つあり、是より少し東白池は大なる池なり、
 この池の端亥の方(※北北西)神木あり、往古此の辺諏訪大明神の屋敷なりと云い伝えたり、今に於いて、下の諏訪(※諏訪大社下社)武井祝より七ヶ年に一度つ、内鎌(※薙鎌)とて、明神の神躰を表せる物来りて、神木に打ち置くなり
 この白池まで大網村より一里十八町あり、元禄十五年越後国頸城(くびき)郡本多靱負(ゆきえ)領の時、山口村の百姓訴状を上げるに依りて、江戸より佐橋左源太・室七郎左衛門検使として見分を遂げて後、堺筋絵図墨引、御役人中連判の証文出て、相究めり、両国入り雑じりてある田畑反畝(たん・せ)を改め、互いに相替えき旨命ぜられたり、委(くわし)く諍論(争論)御裁許記に見ゆ、数年の出入なり、松本領の百姓言上の趣、古来の証拠分明にて、勝ちになりたり、

 一部重複していますが、同じく〔大町与〕です。

一、戸土沢・中俣川の二つは越後の国根知川へ落つる、(中略)此辺両国の畑入雑(まじ)る故、元禄年中争論数年に及び、公義(儀)御裁許にて境定まれり、
 白池と云う池あり。其の涯に信濃木とて神木あり。古(いにしえ)より七ヶ年に一度づつ下諏訪の武井祝方より明神の神躯を表せし内鎌(※薙鎌)と云う物を持ち来りて、此の木打ち置くなり。尓(しか)しより此の木を両国の境とす、惣(そう)じて小谷(おたり)辺りは往古諏訪明神の来臨在(ましま)しと云い伝えて其の社もあり、
 又当役と号して、戸土中役押し廻し、横川村は云うに及ばず小谷中より諏訪へ役銭を出すこと、今に於いて然り、(後略)

 『信府統記』には、白池の神木・信濃木に薙鎌を打ち込み信濃・越後の国境としたことが何ヶ所かに書いてあります。それだけ重要な「証拠」だったのでしょう。「信濃木」は、「信濃の木・シナノキ」のどちらなのかは読み取れません。また、薙鎌打ち神事は、諏訪神社下社が行ったことがわかります。

薙鎌打ち神事旧跡「白池」

 道を間違えて戸土(とど)へ戻る途中、「白池」の道標を見つけました。湿った登山道の高低を何度か繰り返すと、秋色の木々の隙間からチラッと姿を現したのは、白池ならぬ青い池でした。その大きさが視野からはみ出すと、岸辺の遊歩道脇を陣取り昼食を広げている大家族の楽しげな姿が…。その前をどんな顔をして通り過ぎるのか悩みました。結局、池を左に眺めながら視線を合わせない方法をとりました。自意識過剰もありますが、ブナの森を一人で歩き続けて来た自分には相容れない世界でした。

白池と薙鎌神事旧跡

 道標「白池」の終着地はちょっとした公園になっており、ログハウス風の建物は、塩の道を紹介したレストハウスやトイレでした。近くに駐車場があるのかエンジン音も聞こえ、一気に現実に戻った気分でした。湖畔には、画機材からはプロかアマチュアか区別のつかない画家とカメラマンが白池と向き合っています。お互いに干渉しない程良い位置で、それぞれに没頭する姿に私と何か通い合うものを感じて救われました。

復興の記
往古は白池の中心が信越国境であり この地に諏訪社の石祠と御神木があった。信濃国一之宮の御柱祭の前年には本社から武居大祝が神器の薙鎌を捧持し 御神木に打ち込み国境見を行い 元禄年間の国境論争にはこれを証拠に幕府の裁許を受けた。その後この池一帯を 越後の用水池として渡したため国境が変わり 元禄十五年以降の薙鎌打神事は戸土の境宮諏訪社と仲又の小倉明神社とで交互に行うようになった。諏訪社の石祠や御神木は永年の雪害により昔日の面影もなくなり 今般有志が諮り資金を募り茲に石祠を復興し祀る事を得た。
 平成九年八月吉日
 旧小谷総社
 大宮諏訪神社宮司杉本好文

 かつて薙鎌を打ち込む神木があった地には、「復興の記」から平成9年再建とわかった石祠がありました。しかし、諏訪からはるばる来た旅人の欲目でしょうか。「これでは何もない方が」と思えるほど新祠はこの地に馴染んでいません。その腰高から、豪雪対策と思われる打ちっ放しのコンクリート台座も気になります。また、「祠の石も暗色の方が」と、その建立に一銭も拠出していないのに注文をつけてしまいました。古色が出るまで気長に待とう、ということでしょう。

白池と雨飾山 紅葉には最後の日とムチ打った結果、錦繍の白池の前に立つことができたのですが、ここに来るまでに道を間違えるなど余分な体力と気力を消耗していました。風がないと鏡のように映るという紅葉ですが幸いにも微風で、白池の名とは異なる青緑の水面に映えるのをしばし楽しむと、気力だけは回復しました。

境ノ宮へ

 諏訪大社(御柱祭)の長野県側と越後国一之宮・居田神社が鎮座する新潟県側の温度差でしょうか。カメラマンに次の目的地「境ノ宮」の所在を尋ねると首を振り、先ほど登場した一族郎党の長老格の年寄りに訊いても知らないという現実がありました。
 ヒントとなる「諏訪大社」や「薙鎌神事」のキーワードにも、言い訳のような「新潟なので」でした。隣県には「御柱」の意識はまったく無いようです。結局、今来た道を引き返すことにしました。