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滝諏訪神社 奈良県五條市滝町 20.11.19

 地図に諏訪神社が載っていないので、カーナビには住所「五條市滝町」を設定しました。「目的地周辺です」の声に「ようやく来たか」と左右に目を配らせながら進むと、右方に鳥居と灯籠がありましたた。

御霊神社
諏訪神社と間違えた「御霊神社(南阿田)」

 割拝殿(わりはいでん)をくぐって上壇に上がると、春日造(かすがづくり)の本殿が二棟あります。どちらかが諏訪神社のはずですが、社殿額がないのでわかりません。近くの家に助けを求めました。
 折良く庭先にいた男性に近づくと、神社仏閣について尋ねるには若すぎる顔です。しかし、よく知っていて「南阿田(みなみあだ)公民館の敷地に諏訪神社があった。(奈良県神社庁から)社殿を作れと言われているが、そのままだ。三社がある」と情報を得ました。
 二棟の本殿が御霊神社・八幡神社とわかったので、徒歩でその公民館へ向かいます。途中で会った園児を連れた二組のお母さんは、諏訪神社には首を傾げましたが公民館の場所は教えてくれました。

南阿田の諏訪神社と御霊神社

滝諏訪神社跡
三社

 「三社」を挟んだ左が「南阿田公民館(諏訪神社旧跡地)」で、右が消防団の屯所が“造り付け”られた「滝集会所」でした。

三社
29.11.23作成

 また、上写真からは想像もつきませんが、道を挟んだ左には異常に広い空き地があり、それを囲んだ、これも異常に長い瓦葺きの建物があります。初めは何かの倉庫と思いましたが、前の空き地をグラウンドと見ると、廃校になった学校であることに気が付きました。かつては、子供の歓声が挙がる諏訪神社前だったのでしょう。

三社 通称(総称)と思われる三社は、覆屋の中に簡素な春日造の祠があり、左から金毘羅大権現・九頭竜大権現・神武天皇と小さな札が掛かっています。
 しかし、諏訪神社の影も形もない現状を目の前にしてみれば、「諏訪神社は、現在も存在していない」ことを認めるしかありません。

 近くの倉庫前に立っている人に諏訪神社の消息を尋ねますが、傍らの二人を含めても「知らない」の一点張りです。ここなら、という公民館裏の家も留守なのか応答がありません。次に近いという家で顔を出したのは、わからなくて当然という若いお嫁さんでした。
 奈良まで来たからにはもう少し詳しい話を、と田圃を挟んだ山際に並ぶ集落に目を遣ると、その歩みから遠目でもお年寄りとわかる男性がいます。辻で立ち話をしている中年女性二人は挨拶だけでパスし、その男性の背後を追いました。

 85才という高齢ですが、すべてが健常のようで、声を大きくすることなく「諏訪神社そのものはないが、ここでは三社さんの一つ九頭竜神社を諏訪神社と呼んでいる」と、先ほどの男性の話を裏付けてくれました。さらに「例祭では諏訪神社から御霊神社までお渡りがある」という話を得ました。

御霊神社
御霊神社本殿(南阿田)

 その御霊神社(御霊宮)について尋ねると、「本殿の屋根は、私が区長の時に葺き替えた。彩色は、子供の頃でも今と同じだった。滝と阿田両地区で祀っている」と続けました。
 灯籠に刻まれた「瀧」の字が疑問でしたが、これで、旧滝村が奉納したことがわかりました。しかし、結局は「名前だけが残っている諏訪神社」という寂しい秋の収穫になりました。

 翌日。半日空いた時間を利用して、石上神宮の裏山に当たる「大国見山」に登りました。柿の葉寿司を頼まれていたので、その足で国道沿いにある「ヤマト天理店」で購入しました。その帰りに、偶然にも天理市立図書館を見つけました。
 「これ幸い」と入館しますが、同じ奈良県内でも天理市とあって、郷土関係の書庫には五條市関連の本はありません。しかたなく『奈良県史・5 神社』を取り上げましたが、五條市の南阿田地区には、「諏訪神社 滝字森脇504 祭神・諏訪神 無格社」とあるだけでした。

九頭竜神社
御霊神社(五條市霊安寺町)

 今回の諏訪神社巡りで知ったのですが、奈良では御霊神社が巾を利かせており、五條市では20社以上もあることがわかりました。
 片や、「諏訪」と名が付く神社は、奈良全県でも二社だけです。その貴重な一社が鎮座する滝地区では、実体が無いが故に「諏訪神社」の名前が忘れ去られようとしています。神社庁の名簿上だけという「幽霊神社」になる日も近いのでしょうか…。

諏訪神社旧跡地は、公民館の下

 南阿田公民館の住所を調べると「五條市滝町504番地」で、奈良県神社庁の諏訪神社「滝町504」と一致しました。