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若神子諏訪神社 塩尻市贄川 20.6.23

若神子へ

 贄川駅前から国道を渡り、行き止まりの道なのかバックで登り始めた工事車両と顔を突き合わせながら、山際を伝う旧道に合流しました。贄川宿は国道とJRの東側に展開していますが、中山道は駅辺りから反対の山裾を縫って「若御子」の集落へ向かっています。ただし、宿場と若神子の手前までは国道と重複しているらしく、旧街道の面影は全くありません。
 すぐに人家が消えました。人目がないのを幸いに、首や肩を大きくストレッチしたまま若神子諏訪神社へ向かいます。時々バランスが取れず大きくふらつきますが、車が一台も通りませんからやりたい放題です。しかし、地図の記憶では「もう通り越してしまった」と案じた時間もとっくに過ぎ、「いつ引き返そうか」の決断が迫っていました。
 正面に久しぶりとも思える人家が見えると、沢の地形に影響された左へ大きく曲がる「⊂」字の頂点に、家が二軒並んでいるのが見えました。「若神子」のバス停もあり、旧道の雰囲気も漂っています。その道上の濃い緑に、神社の存在を強く感じました。残念ながら“神感”を受けたということではなく、地図にある大きく曲がった道を思い出したからでした。
 それらを背中にすると、正面に石仏が並び奥には集会所らしき建物が配置します。お膳立てが整ってきました。その前を道に沿って左に向きを変えると、街道と集落が見通せました。ここが若神子の入口でしょう。すでにこの位置で、左手にある鳥居が目に入っていました。若神子の諏訪神社でした。

若神子諏訪神社

若神子諏訪社

 笠木の反りが大きい両部鳥居下の参道が草に埋もれています。鳥居額は「諏方社」ですが、正面の社殿が余りにも小さ過ぎます。左の道を選ぶと、社務所様の平屋の先に覆屋が見えました。こちらが若神子諏訪神社でしょう。枝打ちなどの手入がされているのでしょうか、太く真っ直ぐに伸びた木々が囲んでいます。ところが、木種を選ばず塗ったような緑青(ろくしょう)色のコケが生えています。木にとっては寿命を縮める厄介者ですが、その青さが「神さび」を深く漂わせていました。

若神子諏訪神社拝殿 覆屋兼用の拝殿の前に立つと、参集所と思われる建物が背中の真後ろに位置します。その造りはどう見ても舞屋ではありません。社地の制約があるかも知れませんが、この社殿配置にはうなずけません。
 拝殿は、正面の彫刻は古色が乗っていますが、屋根や外壁は最近のものです。玉石を使った石垣も、拝殿改築時に新たに造られたように見えます。
 ここで閃きました。現在は、鳥居をくぐる参道の奥には小さな社(やしろ)が鎮座しています。かつてはそこに諏訪神社本殿があったのではないでしょうか。そう考えると、参道─「諏方社」を掲げた鳥居─旧本殿(現小社)のラインと左にある参集所の位置関係が無理なく説明できます。
 (遷宮はともかくとして)拝殿の掲額はかすれていますが「諏訪宮」と読めます。その周囲に広がる彫刻がまた凝っています。覆屋を兼ねた拝殿前面にこれだけの飾りがあるのは初めて見ました。

若神子諏訪社本殿 上写真のように、扉の中間には網がありません。本殿拝観用か賽銭投入用なのかわかりませんが、私にとっては撮影用となりました。本殿の暗い扉にカメラを向けると、シャッタースピードはお手挙げの1秒です。感度を400に上げるとようやく1/5です。(不自然に撮れてしまう)フラッシュは最後の手段なので、一旦その前から離れました。何気なく壁を見ると、スイッチが二つ並んでいます。試しに押すと本殿が明るく浮かび上がりました。これで“心置きなく”撮影に専念できました。
 わかるでしょうか、向拝の異様なデフォルメ感と色の(微妙な)違いが。その原因は、近すぎてワイド一杯でもはみ出てしまうことにあります。別に種明かしをしなくてもよいのですが、「上中下と3分割して撮って、広角歪みを強制的に直して合成した」のが上の写真です。チョッと見では「オー!」、よく見ると「継ぎはぎ」ですが…。

神紋 拝殿の鬼板と大棟に神紋の「立穀」が見えます。アルミ板を打ち出して作ったのでしょうか、珍しいシルバー色が新鮮でした。
 帰りに、鳥居周辺の石造物を見て回りました。一基だけの文化10年銘の常夜灯は、正面が「諏訪宮」、左右に一部不鮮明ですが「○(皇)太神宮」と「金比羅山・○○(秋葉)山」とありました。右手に回国巡拝供養塔などの古い碑が横一列に並んでいますが、諏訪神社とは関連がないので、ここでは紹介しません。
 遷宮があったのなら何らかの痕跡が残っているはず、と帰り際に旧鎮座地を確認するつもりでしたが、すっかり忘れてしまいました。

 帰りは「中部北陸自然歩道」の標識があったので従いました。下を通る国道の喧噪とは縁が切れないほど接近した小道ですが、逆にそれとの対比が妙にマッチして、「いま、(近似と思われる)旧中山道を歩いているんだ」という意識が強く働きます。めっぽう感じがよい歩道でしたが、贄川駅までで終わってしまいました。

 若神子諏訪神社の由緒ですが、頼るしかない諏訪の図書館では、その詳細を見つかることができませんでした。ネットでは意外に多くヒットしますが、目的が違う「中山道歩き」なので「諏訪神社がある・見える」だけでした。