諏訪大社と諏訪神社トップ / 諏訪神社メニュー /

四日市諏訪神社 三重県四日市市 14.10.23

四日市諏訪神社『伊勢参宮名所図会』
『伊勢参宮名所図会』から「諏訪大明神社」(国立国会図書館デジタル化資料)
県社 諏訪神社

一、祭神
建御名方命(たけみなかたのみこと)
八重事代主命(やえことしろぬしのみこと)

一、由緒
『明細帳』に「本社は今を距(へだ)てる六百七十七年前、則(すなわち)建仁二年壬戌七月廿七日信濃国諏訪郡鎮座延喜式内(明神大)南方刀美神社御分霊を奉遷せし者にて、即(すなわち)当市開拓以来の産土神なり。祭日は例年八月廿六日七日の両日にて、維新前は旧幕府支配役所より役員一名参向し、尚祭事取締として別に掛員を差向たり。明治六年三月県社に列せられ、夫(それ)より明治九年迄は例祭日には地方長官代参向せられたり」とあり。

三重県神職会編『三重県神社史 一』

四日市にある諏訪神社

 サークル仲間と四日市市立博物館へ行く機会がありました。長野県の諏訪から“遠路はるばる”ですから、その周辺に「何かないか」と調べると、四日市諏訪神社があります。この機会を逃しては、と密かに別行動をとる計画を立てました。

 

 「発掘された日本列島'02」展より神社の存在が気になります。見学を早めに切り上げて単独行動を起こしました。

四日市諏訪神社

 地図から最短距離を選択したので、アーケード街に空いた風穴のような通路をくぐると四日市諏訪神社の境内でした。社務所前に、黒と華やかな色が入り交じる中でも一目で新郎新婦とわかる姿があります。「神社の“ツマ”に」とバックに収めたカメラを取り出そうとゴソゴソしているうちにそのチャンスを逃がしてしまいました。

四日市諏訪神社の神紋

四日市諏訪神社拝殿の鬼板 何しろ集合時間が気になります。まずは、諏訪神社の“証”である「神紋」を探しました。拝殿の屋根を仰ぐと、早々に鬼板が「立穀」です。さらに、蟇股や御神灯の提灯や定紋幕にも見られ、名前だけではない四日市の諏訪神社を実感しました。

四日市諏訪神社の蛙股 拝殿正面の蟇股にあった彫刻は、分社に多い「立穀」でした。「穀」は梶の正式名称で、立穀は早い話が一枚葉の梶です。


四日市諏訪神社の神紋 汎用の絵柄が多い中、ここでは提灯や幕にも梶紋があしらわれて“正統派”の諏訪神社であることを主張しています。私には嬉しい「梶づくし」でした。
 境内で「由緒書」を探す余裕もないまま引き揚げましたから、肝心の本殿を拝見するのを忘れてしまいました。

 山川出版社『三重県の歴史散歩』では、四日市諏訪神社と諏訪大社の関連は記述がなく「大四日市祭り」の内容がメインでした。そこで、ネットで「四日市諏訪神社」を検索してみました。
 数ある中で一際興味を惹かれたのが、サイト『四日市の史跡』でした。「四日市諏訪神社」のページに、「二・二六事件」決起者の一人坂井中尉の話があったからです。私が目にした、この日10月23日に挙式した彼らと親類縁者の中に、「坂井夫妻と四日市諏訪神社」の関わりを知っている人はいたのでしょうか。


‖参考サイト‖ 『四日市の史跡』から「四日市諏訪神社」