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西福間諏訪神社と諏訪の湯 福岡県福津市西福間 21.12.5

 「千円ポッキリ」の高速料金も「大阪近郊」エリアは適用外なので、諏訪に帰るには「二千円+α」かかります。それはやむを得ないとしても、今日中に「大津IC」以東を走っていないと「深夜割引」になってしまいます。渋滞対策も考慮して、午前中に、福岡県北部の神社を二、三社参拝することにしました。

 持参した山川出版社『福岡県の歴史散歩』で調べると、福岡県文化財『福間浦鰯漁絵馬』を所有する諏訪神社があります。その下段に続く宮地嶽神社は諏訪系ではありませんが、かつて参拝したときに見逃した「巨大な礫岩でつくられた横穴石室は全長23m・最大幅2.3m、天井までの高さは最大3.1m、全国有数の規模をもつ」宮地嶽古墳があります。「このコースなら宗像大社も」という流れになりますが、こちらも二度目となるので時間次第とし、西福間諏訪神社と宮地嶽神社を選びました。

 諏訪神社の境内に「由緒」がなかったので、津屋崎郷土史会『福間の神々』のサイトから「諏訪神社」の〈コメント〉を紹介します。

 諏訪神社は全国に約5,700社あります。建御名方神をお祀りする神社です。建御名方神は、『古事記』によると天孫降臨に際し、お使いの神であった建御雷神と力競べをした結果敗れ、諏訪(洲羽)湖に追いつめられましたが、鯰のおかげで逃げ延びることが出来ました。そのため鯰は建御名方神の眷属とされ、この神を勧請した福間の人は鯰を食べない、と云われています。

 「所変われば品変わる」ですが、「ナマズ」は初めてです。地震予知で飼うことはあっても好んで食べる人は(多分)いませんから、それを見込んで「コイやフナではなくナマズ」にしたのでしょう。

諏訪の湯

西福間諏訪神社「諏訪の湯」

 「第二・第三」とある駐車場の数と広さに驚きました。上は一ノ鳥居ですが、右奥に「」が見えるのに注目してください。鳥居をくぐり赤い玉垣の上壇に上がると、何と「諏訪の湯」です。

「諏訪の湯」と西福間諏訪神社拝殿

 上写真の右は二ノ鳥居です。一と二ノ鳥居の間は駐車場になっていますから、境内の中に温泉があることになります。「同じ諏訪の間で、貸借のある光景」となっているのですが、諏訪神社の宮司が社長ということも考えられます。これで、複数ある駐車場の謎が解けました。今は朝風呂の予定はないので、風呂上がりに参拝か・参拝してからくつろぐかを悩まずに済みました。

諏訪神社

西福間諏訪神社拝殿 注連(しめ)柱にしてはホゾ穴があるし、冠木門や(旧)鳥居の柱にしては貫の穴が小さすぎます。左右にそれぞれ「文政十三年(1830)・宝永七年(1710)」とありますが、その時点では換算表もなく「百年以上の開き」があるとはわかりませんでした。奥の二本から見て、やはり注連柱で太い注連縄が掛かっていたのかもしれません。
 拝殿の右上に監視カメラがあります。その対象が賽銭箱なのか文化財保護なのかはわかりませんが、やはり威圧感があります。まだ社務所は閉まっていますから、拝観を申し出ることはできません。見える範囲にセンサーがないことを確認して扉に手を掛けましたが、警報が鳴る中でオタオタしている自分が見えて、格子から天井の「県宝」を見上げるだけとしました。本にあった写真の通り無数の人が描かれているのだけはわかりますが、具体的な説明はできません。

西福間諏訪神社の土俵 朝日が当たっている社殿は、左が拝殿・右が本殿です。双方とも大棟や鬼板の神紋は「諏訪梶」でした。手前は土俵です。諏訪神社に土俵があるのは珍しくありませんが、ブルーシートで覆われているのは、近々例祭があり奉納相撲があるのかもしれません。

 ネットで調べると、「諏訪の湯」は地元では有名な「スーパー銭湯」であることがわかりました。所在地に、「隣」ではなく「(諏訪神社境内)」と並記してありますから、土地の名義は諏訪神社になるのでしょうか。または、諏訪神社が経営しているのでしょうか。ネットの検索では、気になる「諏訪」の「湯と神社」の関係はわからずじまいでした。


‖参考サイト‖ 津屋崎郷土史会『福間の神々』から「諏訪神社」