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上百引諏訪両神社 鹿児島県鹿屋市輝北町 21.12.1

鹿児島県鹿屋市輝北町 九州自動車道→東九州自動車道「国分」で降りて、九州最南端「佐多岬」を目指す計画です。12月の5時過ぎでは暗くて行動できないので、今日は、国分方面では最終PAとなる「三縄」に“宿”を取りました。飲料の自販機だけなので、“非常食”のカップヌードルをすするという、九州上陸第一夜となりました。
 下調べをろくにせずに飛び出したので、暗いルームライトの下で翌日の計画を練りました。まずは「風呂」なので、途中の「垂水」温泉に立ち寄ることにしました。開湯が10時なので、それまでに“一稼ぎ”しようと道路地図をルーペでサーチしたら、曽於(そお)郡輝北(きほく)町に、大字「諏訪原」を見つけました。小字「諏訪」もあり、「これは何かある」とカーナビでチェックしたら「諏訪神社」を表示しました。

諏訪両神社

 500号台があるとは知らなかった国道504号脇にあった案内板は「諏訪両神社」でした。「農村活性センター」裏から竹藪を透かして赤い屋根が見えますから、この場所は神社の真後ろにあたるようです。

上百引諏訪両神社

 境内横の道から社殿を見ながら鳥居の前に回り込むと、9割方葉を落としたイチョウが地面に黄金の絨毯を敷いていました。諏訪からは一ヶ月遅れの秋でした。ギンナンは目でも匂いでも見つからないので雄木でしょうか。

上百引諏訪両神社
 樹齢四百年とあるイヌマキとモミ

 町指定天然記念物の三本の大木を仰いでから拝殿へ向かいました。曇り空の上に日陰とあって、イチョウの葉が疎らになるに連れ、彩度の低下と湿気に徐々に気が滅入ってきました。

諏訪両神社
創建・永禄元年(一五五六)八月十六日
祭神・事代主尊・建御名方尊
例祭・四月二十九日

 拝殿左に掛かっていた「三行の由緒」です。二祭神から「両」諏訪神社としたのでしょう。貫(ぬき)には、「梶」ではなく「三巴」の神紋がありました。

上百引諏訪両神社  覆屋の中に、赤く塗られた本殿が二つ並んでいました。縦書きの案内板をそのまま当てはめると、左の本殿が建御名方命でしょうか。
 『古事記』は「命」ですが、『日本書紀』では「尊」と表記しています。『日本書紀』には建御名方神は登場しないので、「ここは『命』にして欲しかった」と、かく言う私もつい最近まで知らなかったので強くは言えません…。

諏訪両神社の「御守り鎌」

 九州のファースト諏訪神社が黄絨毯で迎えてくれたので、気分を良くしました。早く温泉に入って桜島を…、というより湿気を含んだ靴下と下着を早く替えたい気持ちが先に立ちます。しかし、私(長野県)には馴染みがないこともあって「イヌマキ」が何か引っかかります。輝北町教育委員会が設置した案内板の前に引き返して、全文を読んでみました。

諏訪両神社の古木

 諏訪両神社は、棟札によれば、永禄元年八月十六日遷宮とあるので、いずれの古木も当時植えられたものと思われ、科学的な樹齢調査でも証明されています。

イチョウ・モミ 樹齢400年。(詳細は省略)

イヌマキ 目通り約3.4m・樹高22m・樹齢約400年
幹には、約三センチの鉄の鎌が、数知れない程打ち込まれています。昔は戦陣に臨むとき武運長久を願って、お守り鎌として神社より受け、無事帰還すると、願ほどきの意味から、この神木へ打ち込んだものです。こうした風習は太平洋戦争まで続き、戦争の恐ろしさを樹内に包み込んでいます。

 何と「鎌」の文字があります。この字を読むことができたのは、後ろ髪をチョッとだけ引っ張ってくれた諏訪明神の「お導き」なのでしょうか。ところが、「数知れない」とあるのに一枚も見つかりません。
 3cmの大きさですから、戦後60余年ではすでに体内に吸収埋没してしまったのかもしれません。幾筋もある縦の長い溝は、打ち込まれたキズが治癒した跡でしょうか。他のイヌマキも確認しましたがありません。

上百引諏訪両神社の御守り鎌

 このままでは帰れません。上下に舐めるように探すと、…ありました。一枚見つかれば芋づる式としたのは甘い考えで、周回しても、この一枚だけでした。
 鎌は、一般的には「風鎮め」と言われています。薩摩の諏訪神社では、どのような経緯で「武運長久」に転じたのでしょうか。もしかしたら、諏訪神社以前に「お守り鎌」の風習があったのかもしれません。また、案内板からは、お守り鎌がいつの時代から始まったのかは読み取れません。「戦争の恐ろしさを樹内に包み込んでいる」という“名文句”も、今では、レントゲン写真を撮らない限りうなずくことはできません。
 「鉄の鎌は数知れず」とありますが、「願ほどき」ができなかった人もいたはずです。この地から出征して行った男達の顔姿を漠然と想像してみましたが、私には、イヌマキに向かって手を合わせることしかできませんでした。

 「百引 読み」で検索したら「もびき」で、住所や郵便番号までわかりました。便利な世の中になりました。