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大島子諏訪神社 熊本県天草市有明町大島子 29.1.15

熊本県上天草市 二番目に大きな島−天草上島の海沿いにある神社です。8年前に下津浦の諏訪神社を参拝しましたが、直近にもこの諏訪神社があるとは知りませんでした。
 今回は直前にその存在を知ったので、情報収集がおろそかになりました。〔GoogleMap〕で探せばいいと高をくくっていたのですが、いざ開いてみると、拡大しても表示しません。とにかく「島子」の中心街まで行ってみようということになりました。

大島子(おおしまご)諏訪神社 28.12.7

 通り過ぎてから、「今のは案内板?」と気が付きました。そういえば鳥居も…。引き返すと鳥居が見え、その手前に駐車場もありました。国道沿いにあったのが幸いしました。
 道路に面して、有明町・有明町観光協会・島子地域づくり推進協議会連名の案内板があります。読むと、…《史跡》の説明でした。

《史跡》 天草・島原の乱初戦の地
 寛永十四年(1637)十一月十三日、天草四郎が率いる一揆勢二千余人は上津浦(こうつうら)(これより東に三キロ)に上陸。翌十四日早暁、海上・浜辺・山手の三手に分かれ富岡目指し出発。この地にて寺沢側(当時天草は寺沢領)並河九兵衛を大将とする鎮圧勢八百余騎と遭遇する。それ迄寺沢側に呼応していた地元住民の多くは突然一揆勢側に就く。情勢の急変と民家の屋敷廻りの竹木(防御柵)で人馬の動きが自由にならなくなり、並河九兵衛は広いところに出て戦えと下知し、田原である沖の田(これより西へ五百メートル)に移動し、そこで激しく撃ちあう。
 多勢に無勢、鎮圧勢は敗れ本戸(ほんと)(現天草市内)へと敗走、激戦地町山口川・本戸城・富岡城(苓北町)・原城(島原の南有馬町)の攻防へと拡大してゆくことになった。

 ここが初戦の地と知り思わず周囲を見回しましたが、当然ながら、諏訪神社の境内を見渡しただけとなりました。

「安永二年癸巳七月吉日」の鳥居

大島子諏訪神社 神社の正面を離れた位置から撮るために国道を横切ると、「海老の宮川冷蔵庫」と書かれた倉庫の横に鳥居があり、その向こうに海が見えました。その鳥居から神社の正面を一枚撮り、初期の目的を達しました。

大島子諏訪神社「安永二年の鳥居」 やはり、海に面した鳥居も外せません。その時は意識しなかったのですが、シルエットになった鳥居の一部に陽が当たっている自賛の写真が撮れていました(電線が目障りですが)。
 その先は崖状の斜面ですが、下りる道があります。しかし、海老養殖場の敷地内と思えますから、対岸は長崎の島原だろうかと眺めるだけにしました。

大島子諏訪神社鳥居 鳥居の柱を片側だけ入れた写真です。説明しないとわかりませんが、左右に針金が二本・上から木札・下に杭があるのがわかるかと思います(上写真参照)。
 これらは、鳥居の直近に立って気が付いたのですが、その木札に「御告」として、

此の地は寛永十四年(1637)に四郎軍の上陸を拒み島子の幕府軍が迎え撃った処です。寛文二年(1662)に始まった島子祭りの行列は、当時海岸から入り、後に此鳥居が建立されています。

とあります。鳥居の説明は付け足しそのものですが、「頭上に注意して御覧ください。大島子諏訪神社」で締めくくっているので、早い話が「危険。くぐるな」と理解しました。見た目以上に老巧化が進んでいるのでしょう。

本殿と正体不明の祠

大島子諏訪神社 結果として、一之鳥居−二之鳥居の順で境内に“乗り込み”ました。
 黒御影石の『大島子諏訪神社御神殿建立記念碑』があります。末尾に「平成25年」とあるので、この年に「御神殿」が一新されたことがわかります。ここに由緒書がありました。

 御神殿には、建御名方尊、八坂刀売尊が鎮座され、人々を島の禍事から守り、心を癒し恵み深き神様として、太古より崇められております。
 一六三七年(寛永十四年)、天草島原の乱が勃発し境内は初戦の地となりました。
 一七七八年(安永七年)、先人達の力で御神殿の創建がなされ、一八三四年(天保五年)、大修営が施され、この度に至ります。(後略)

 この碑文を写真から文字に起こしてから、「安永2年の鳥居は、由緒のどの位置に入るのか」と読み直すと、「安永7年に神殿の創建」とあります。それまでは社殿がなかったことになりますから、それは(まず)あり得ないとして「再建」と読み替えました。

大島子諏訪神社「本殿」 本殿より、石垣にある注連縄が掛かった何かに注目しました。近づくと石祠です。
 左右に計四棟となりますが、後方にはないので、本殿の守護神に当てはめることはできません。境内社が見当たらないのでここに祀ったとも思えますが、尋ねる人もいないので、ここで不思議なものを見たとして、大島子諏訪神社の参拝を終えました。

大島子諏訪神社の鳥居

 最後も鳥居の写真になりました。海無し県に住む私は、海と鳥居の景観には無条件で感動してしまいす。