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花磯諏訪神社(乙部諏訪神社) 爾志郡乙部町 21.7.2

map 地図に「渡島」半島とありますが、「と(ど)しま」では変換しません。調べて知った「おしま」半島のくびれ部を、太平洋である内浦湾から日本海側に一気に走り抜けました。
 おしなべて「日本の道路整備費の大半を北海道が占めているのでは」というのが、私の(単純な)見方です。めったに車が通らないのに、エンジンブレーキだけで事足りる曲率とゆとりの幅員を持った“高速道路”が北海道のそこかしこにありました。

鮪の岬

 国道から分かれた道は予想外の高度を上げ、右に鳥居を見ると「鮪(しび)の岬公園」前でした。先ほど別れた国道は、真下の「トンネル内」ということになります。地図では「海岸」と予想していましたが、同じ海岸でも砂浜ではなく絶壁の岬上でした。

鮪ノ崎

 「マグロの背に似ていることや、独特の岩肌がマグロのウロコのように見える」ことから名付けられたそうですが、確かに、岩の節理や色に特徴があります。ところが、その上が花磯(乙部)諏訪神社という絶景を見ているうちに、白色の岩はウミネコの糞とわかり評価が下がってしまいました。

花磯(乙部)諏訪神社

乙部諏訪神社の灯篭 石段を上がると、北海道では珍しい両部鳥居です。さらに続く明神鳥居の間に、いずれも同一規格の灯籠が並んでいます。全てに船名・名前・平成18年と刻まれていました。何かの節目の年に船主が奉納したのでしょう。

乙部諏訪神社 やはり、見慣れた「この造り」がしっくりします。その大棟を見上げると、神紋が「(丸に)割菱」です。扁平でないので「武田菱」を見慣れた私には「全く違った紋」に見えました。鳥居と拝殿の額が「諏訪神社」なので、拝殿内は、と覗くと、白地の定紋幕に「明神梶」が染められていました。
 本殿の覆屋は、拝殿に合わせたようで、「神明造」ではなく「両流造」でした。覆屋が拝殿と連結・一体化しているので、本殿の拝観はできませんでした。

狛犬 狛犬は、通常、左右斜めから本殿に近づく「モノ」を威嚇しています。ところが、花磯諏訪神社では、私の両袖を遙か離れた位置を見据えています。そのため、何か無視されたようで寂しく思えるほどです。
 狛犬は「そのサイト」ではないので載せていませんが、花磯諏訪神社では特別公開としました。左の狛犬に注目してください。ジーッと見ていると、いつの間にか「アゴをゆがめている」自分に気が付きます。

豊浜の集落
諏訪神社の背後に当たる豊浜の集落

 公園で草刈り中の男性がいます。一息入れたのを見計らって、「気になっていたこと」を切り出しました。「灯籠は船主協会が建てた。一般からも募る話が出たが立ち消えした。お祭り(例大祭)が船主協会の主体なので、遠慮したと思う」「初めは(岬南側の)花磯に諏訪神社があったので、移転した今も(豊浜ではなく)花磯の集落に向いている」などと聞くことができました。
 以下は、境内にある『諏訪神社の由来』です。

 当諏訪神社は現在の花磯・豊浜両地域が蚊柱村と呼ばれた昔より村の鎮守として崇め祀られてきた。
 口伝は、その造立を元和三年(1617)と伝えるが、松前藩の古文書には宝永元年(1704)とある。
 祭神は建御名方命。出雲国に生まれ大国主命を父に持つこの神様は剛力無双であったことから、開拓の神として、人口に膾炙(かいしゃ※評判になって知れ渡る)し、長野県諏訪大社に代表されている。
 当神社には、このほか「天児屋根命」「宇気母智(うけもち)命」が合祀されているが、例大祭は九月二十七日である。
 諏訪神社にかかわる縁起としては、御神体を乗せて寿都(すっつ)方面へ航行中の船舶が台風により難破、御神体が鮪(しび)の岬に漂着したのが九月二十七日と、また社殿の南向きは長老の夢枕にお告げがあってのことと語り継がれているが、現社殿は明治二十一年の造営で、百年祭が挙行された昭和六十二年に石畳、社務所などが整備され現在に至っている。
 今、ここに、人々から諏訪さん、諏訪さんと敬仰され、地域と共に歩み、その発展を見守り続け、今日なおその歴史を秘めた諏訪神社の由来の一端を紐とくことのできたことを喜びとするものである。

 この由緒では、「社殿の向きは長老の夢枕」とあります。地元の話を参考にすれば、旧鎮座地である花磯の特(強)権だけでは豊浜側を説得できないので、“神の意志”を創作したとも考えてしまいます。そうなると豊浜の人々には同情してしまいますが、…真相は如何に。

蚊柱村

 「蚊柱」自体は珍しくありませんが、それが村名ともなると、何とも未開地を連想してしまいます。気になるので、どんな発想だったのか調べてみました。
 なんでも、アイヌ語の「カパラ・シララ(平らな・岩)」→「カパッシラル」が、蚊柱(かわしら)村の語源だそうです。この“流れ”ですから、北海道の地名の多くは「当て字」で、その字が持つ意味は関係ないことがわかります。それにしても、同じ「か」なら「華柱」と命名すべきと思いますが、「蚊柱」が村を代表する風物詩であった…。