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杉島諏訪社とドーナツ万十 伊那市長谷杉島 24.11.18

伊那市長谷杉島 長野県神社庁のサイトに「諏訪社」の住所が載っています。カーナビの「行き先」をその住所で設定したら、通常は「◯◯の主要部」止まりですが、珍しいことに「長谷(はせ)杉島」の番地で確定できました。

ドーナツ万十

 いきなり、諏訪神社とは関係ないドーナツ万十(饅頭)の登場です。

杉島名物「ドーナツ万十」 実は、諏訪神社が見つからないまま杉島集落のバス停まで来てしまいました。たまたま姿を見かけた女性に「諏訪神社はどこに」と尋ねますが、埒(らち)が明きません。地元の鎮守社なのに知らないとは不思議ですが、「ドーナツ屋で訊け」と言います。こんな山の中でドーナツを売っているとは信じられませんが、半信半疑で20mほど歩くと、…ありました。看板には、確かに「杉島名物ドーナツ万十」とあります。
 ここで商売になるのは、名物として売れているのでしょう。それを証明する「杉島名物」に惹かれて、昼食代わりに5個五百円で購入しました。椅子とテーブルがあるので、ここで食べる人もいるのでしょう。棚に『長谷村誌』などの郷土誌が並んでいるのを見ながら問うと、「杉島の諏訪神社はハウスの横にある道を上った山の上にある」と教えてくれました。

杉島諏訪社遠景
 杉島諏訪社

 杉島橋から撮った、杉島の集落と諏訪神社です。道沿いには幟枠がなく、しかも山上の神社ですから気が付かなかったことも当然でした。
 現在は堅固な堤防が続いていますが、かつては洪水に度々見舞われたのが想像できます。この三峰川(みぶがわ)の本流を延々と遡ってみたら、標高3033mの南アルプス「仙丈ヶ岳」に突き当たりました。ただし、地図上の話です。

杉島諏訪社

諏訪社 村社(※旧杉島村)
創立 建治年間(1275〜1277)
祭神 建御名方命
例祭 10月10日

長谷村誌刊行委員会『長谷村誌』

 舗装道路ですが、すぐに電柵(電気柵)に行く手を阻まれました。道を一本ずらしてみましたが、山裾で道がなくなると、再び電柵が現れました。強行突破も視野に入れていったん下ると、畑に女性がいます。不審者に見られたくないので「諏訪神社に“参拝”したいが、電柵があって行かれない」と事情を話しました。「昼間は電気を止めているので、外していけ」と言います。サルやシカの被害が多いそうで、畑の周囲を囲ってある柵を指して「今は人間が柵の中で暮らしている」と笑いました。
 「外せ」と言われましたが、どこをどう持つのかわかりません。何しろ、見えないのが電気です。通電していないはずですが、万が一ということもあります。子供の頃に何回か感電した経験がありますが、100Vなのでビリビリで済みました。しかし、今の私の心臓では耐えられないかもしれません。結局、側溝の凹みとの間が最大の隙間なので、そこをくぐりました。

杉島諏訪社 サルがかじったのでしょう。噛み跡が残るカキの実や枯れ枝が落ちている急坂を登ると、その先は集落へ戻る方向に大きく曲がりました。
 下からは蔵のように見えた建物の横に鳥居があり、石段を登りきると、境内とは思えない広い平地が広がっていました。

杉島諏訪社「本殿」 本殿は覆屋で“密封”されていますが、反対側に廻ると、天窓が開いています。崩れかけた石垣を踏み台にして、一杯に伸ばしたカメラ本体の液晶に映る“何か”を見ながら何枚か撮りました。左はその中のベスト版ですが、今まで参拝してきた長谷の神社と同様に、本殿の左右に小型の社殿が並んでいるのがわかります。
 諏訪では石祠が多いので境内(屋外)にズラズラと並んでいますが、この辺りは木祠が主流ということで、大きめの覆屋を造ってその中に納めるという方法を取ったのでしょう。

杉島諏訪社「拝殿と御柱」
   御柱

 拝殿に何枚かの額が掛かっています。同じようなものが市野瀬の諏訪神社にもありましたから、すぐに俳句の奉納額とわかりました。その一枚には「奉納諏訪大明神廣前(ひろまえ)」とあり「嘉永三年」の元号が見られます。さらに「文月・若連」などが読み取れるので、名のある句会の奉納ではなく、夏祭りに村の若者が俳句を奉納したとことが想像できます。また、台形歪みが大きいのでそれらしく見えませんが、左側の“木”が「御柱」です。

 境内の隅(入口)に、「経塚原の経塚と舞台」と題した案内板があります。伊那市の文化財(史跡)とあるので、「(二)舞台」だけを紹介します。

杉島「秋葉神社舞台」
 秋葉神社の前宮として、明治以前からこの舞台があった。芝居の時には花道をつけた。芝居は主として若い衆が演じた。「さんばそう(三番叟)」から始まり四幕から五幕おどった。「中入り」の時、持参したごちそうを食べ、酒を飲んで楽しんだ。

 今は覆屋の中にある秋葉社の前に、杉島の人達が集って楽しんだこの舞台があったのでしょう。溝口の熱田神社の例もありますから、旧長谷村では、舞台を「前宮」と呼んだことが窺えます。「舞宮(まいみや)→前宮」の変遷でしょうか。
 鳥居を後に下りきって、再び電柵の前に立ちました。こちら側では、電線の端が樹脂のグリップになっていて、飛び出たフックをリングに掛ける構造とわかりました。それを外すだけで難なく出ることができました。

ドーナツ万十を食べる

 杉島コミュニティセンター(公民館)の駐車場を借り、2時を回り始めた秋の陽を浴びながらドーナツの包みを開きました。和洋折衷の「ドーナツ万十」ですから、アンとクリーム入りの揚げ饅頭の部類です。味は、といえば、以前より(健康上の理由で)薄味志向でしたから、ややくどい甘さでした。言い替えれば「昔懐かしい味」でしょうか。それでも、本来はサンドイッチを買うつもりで用意した紅茶でしたが、砂糖抜きとあっておいしく頂けました。三個目を手にしましたが、少し悩んでから戻し、残りをお土産としました。

 「杉島ドーナツ万十」で検索すると幾つものブログが表示します。結構知られているようなので、ドーナツの写真は省略しました。