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元諏訪神社 熊本県天草市栖本町樋ノ口 29.1.20

熊本県天草市栖本町 実は、同じ栖本(すもと)町内ですが、ネット検索で多く表示した湯船原にある諏訪神社が目的でした。それが、グーグルマップで唯一表示した「元諏訪神社」をカーナビにセットしたことで、必然的にこの神社の前に連れて行かれたことになりました。
 これを書いている時に、様々なキーワードを組み合わせて「元諏訪神社」を検索してみましたが、一件もヒットしませんでした。

元諏訪神社 28.12.7

 市街地から離れると、すぐに山が迫ってきました。初旬とは言え、12月とは思えない暖色の景色の中で、その突き当たりが元諏訪神社でした。駐車場がないので、そのまま一車線の道を上りますが、ミカン畑の農作業道とあって路駐するスペースもありません。
 遠くてもいいからと麓まで戻りますが、それも叶わず、再び神社と顔を合わす羽目になりました。結局は、神社脇の物置小屋の隣に何とかすべり込ませました。長々と書いたように、駐車場探しに翻弄された参拝となりました。

天草市栖本町樋ノ口「元諏訪神社」

 上天草市の中村諏訪神社でも書きましたが、鳥居の柱に竹がセットしてあります。バックが暗くてよくわかるので改めて説明しました。

元諏訪神社「拝殿」

 小さな拝殿ですが、瓦葺きでしっかりした造りです。汎用のサッシを採用したので、背後の山が映っています。これが面白くて、大きな写真を用意しました。10時40分という時間でも日陰という場所ですが、紅葉も思いの外鮮やかに撮れていました。

元諏訪神社「本殿」 ガラスにカメラを密着させると、映り込みがカットされて拝殿内が撮れました。
 この場所にあるのを初めて見た日の丸ですが、その前に黒い物体が置いてあります。幣帛の下に「神」の一文字だけが確認できたので、御神体としました。

 境内に黒御影製の記念碑がありますが、なぜか、神社脇の道から仰ぐようにしないと碑文が読めません。

 当社は火の口の里に古代よりつたわる麦藁(むぎわら)ぶきの屋根から、明治二年三月に瓦ぶきに改築がなされ、その後長い年月に亘(わた)り風雪に耐え、足掛け百二十年目の今日、更に樋ノ口の人達が心を供にされ、祈りをこめて改築されたものであります。
 名称 諏訪神社
 祭神 建御名方神
 由緒 不詳、明治二年三月改築
 祭日 旧十月十一日
 通称 元諏訪神社
 建立 樋ノ口組中一同
 落成 昭和六十三年十月吉日

 冒頭に「火の口」とありますが、誤変換ではありません。樋ノ口の古名、または美称と考えてみました。

元諏訪神社から樋ノ口の里

 拝殿のガラスに映っていた“実景”です。地図で下方の町並を確認すると、天草市栖本支所(旧役場)や栖本小学校がありますから、旧栖本町を見下ろしていることになります。そうなると、樋ノ口はこの神社の周辺に点在する集落となります。記念碑に「樋ノ口組中」とあるように、現在は「組」として元諏訪神社を守っているのでしょう。
 この写真では、鳥居の右方に山へ分け入る道があります。「九州自然歩道」の道標があるので、シーズンには、意外と人通りがあるのかもしれません。

 冒頭で書いたように、図らずして樋ノ口の里人のみが奉祀する神社を参拝したことになりました。氏子の誰とも声を交わすことがなかったのですが、こちらの諏訪神社に縁があったとして、湯船原の諏訪神社には参拝せずに下天草島へ向かいました。

 由緒には「元」の謂われは書いてありません。栖本町の諏訪神社は文中に出る湯船原しかありませんから、その勧請元が樋ノ口の諏訪神社ではないかと考えてみました。