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毛賀の御射山神社と諏訪神社 飯田市毛賀 1.5.11

 気分転換というか、思いついて「飯田市に御射山社はあるか」と長野県神社庁のサイトを覗くと、「御射山神社」がありました。

御射山神社 飯田市松尾毛賀ミサ山1087

 カタカナ表記の小字(こあざ)「ミサ山」に、何か惹かれるものがあります。ところが、「飯田市 御射山神社」で検索しても、住所以外の情報は表示しません。「法人格の神社なのに、なぜ」と不思議でしたが、取りあえず番地から鎮座地を追ってみました。しかし、1080と1094の間が抜けており、「この辺り」としかわかりません。

毛賀御射山神社
ボケていますが鳥居の一部(ストリートビュー)

 最後の手段とばかりストリートビューで走り廻ると、「ここが怪しい」という鎮守の杜風の林があります。一時停止を繰り返しながら往復すると、何かがあります。拡大すると、鳥居の一部が現れました。
 後は現地で確認するしかありません。

毛賀御射山神社参拝 1.5.8

毛賀御射山神社 ストリートビューと同じ鳥居が見えますが、参道がありません。林の外れとなる道(写真右の道)を下ってみると周回する方向に露地(左の道)があり、奥に鳥居が見えました。
 「いざ」と踏み込めば、石垣上に「御射山遺跡」とある石柱があり、ここが御射山神社と確定しました。
 鳥居をくぐり拝礼と写真撮影を済ませてから覆屋の中を除くと、…「直魂霊神」の掲額が!?。入ってすぐに灯籠一基あり、その奥に連なる神号碑の一つが「御射山神社」と読めていましたから、その石碑が御射山神社となりました。

毛賀御射山神社

 裏に廻って覗き込むと「昭和五十六年十月吉日」とあり、下部に毛賀区の正副区長と氏子総代四人の連署があります。老朽化した社殿を更新する際に、石碑という形を選択したのでしょう。因みに、左右の神号碑は江戸時代のものでした。

直魂霊神 同じ境内にある、御射山神社と勘違いした小木曽家の氏神「直魂霊神」社です。
 ストリートビューで見つけたこの鳥居に導かれてここに来ましたから、御射山神社に参拝できたお礼としてここに紹介しました。

 飯田市中央図書館で史料を収集しました。

一、御射山社
 各地に勧請された諏訪社でも諏訪本社と同じく御射山祭を行った。毛賀の諏訪社より一段高い段丘上に毛賀の御射山社がある。ここがかって御射山祭を行った所である。
松尾村誌編集委員会『松尾村誌』〔神社・仏閣・民間信仰〕

毛賀諏訪神社参拝

 「御射山神社があるからには、近くに諏訪神社があるはず」と探せば、同じ毛賀に諏訪神社がありました。この神社の摂社が御射山神社ですから、素通りはできません。いつものように紆余曲折がありましたが、駐車場に予定していた「毛賀区公民館」の標識に従うと諏訪神社の側方に出ました。公民館は、わかってしまえば「なーんだ」と言う、神社と相向かう立地でした。

毛賀諏訪神社 「鳥居は」と探せば、公民館の横に見えます。近づけば、その鳥居から下る石段が表参道でした。
 急傾斜地の標柱がある石段を何段か降りて撮ったのが、拝殿と、何とかファインダー内に収めることができた鳥居です。

毛賀諏訪神社本殿 その鳥居をくぐり直して進むと、多くの灯籠が並び、社号標と狛犬が迎えてくれた諏訪神社になりました。
 拝殿の背後に向かうと、段差のある渡殿が連結しています。そのため、離れた位置となる本殿が珍しいものとなって映りました。

毛賀諏訪神社本殿 その本殿ですが、ご覧のように、新築を古色が乗ったように見える加工法を施したものと見ていました。

 ところが、脇にある「諏訪神社氏子中」が設置した案内板「飯田市文化財 諏訪神社本殿」を読むと、

 この本殿は一間社流造銅板葺の総欅造りで、文化十二年(1815)諏訪の宮大工立川和四郎富昌の門弟北沢与四郎安暉・原甚四郎照香両大工による作で貴重なものである。
 脇障子の牡丹・唐獅子、扉脇の松竹鶴、向拝の龍、木鼻の象、海老虹梁などの彫刻が凝っている。
平成四年十月三日

とあり、幕末の造営とわかりました。傷みが少ないので、最近修復されたのかもしれません。

 史料から、関係ある部分のみを抜粋しました。

諏方社(在毛賀)
祭神 建御名方命
一、創立と修復 
一、大寶元年丑年勧請せしとも云い又再建せしとも傳う
一、文化十二亥年十二月再建
一、明治二年十一月神楽殿再建。
一、大正四年本殿修繕 渡殿新営

一、御射山社(在毛賀) 勧請年月不詳 天正年間及寛文十二年(1672)御改あり

毛賀史編纂委員会『毛賀史』〔神社〕

 本殿の修理が大正四年にあり、それが大規模に行われたために新しく見えたと考えました。

 『松尾村誌』では「明治二年に建てた神楽殿が拝殿の奥に続いている」とあります。また、大正四年の「渡殿新設」から、「拝殿−神楽殿−渡殿−本殿」と続く造りと理解しました。

 やはり、諏訪神社と御射山社の位置関係は気になる要素です。毛賀の場合はどうかと、グーグルマップを用意しました。