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『諏方大明神画詞』 21.11.15

 守矢早苗氏蔵「権祝本」には、「諏大明神詞」と書いてあります。三省堂『大辞林』では「畫」は《 が【画】》ですから、全国の「諏訪大明神絵詞」派さんには、地元に敬意を表して「諏方大明神画詞」で統一してくれるとありがたいのですが…。

 今までは、『諏方大明神画詞』と“単純に表記”することで済ましてきました。ところが、諏訪市博物館企画展「諏訪の縁起と祭礼」で展示してあった『諏方大明神画詞』を見てからは、霧の中に見え隠れしているような漠然とした知識ではなく、文字として一ページに残すことを思うようになりました。もちろん、「諏方大明神画詞の研究」というような構えではなく、このサイトに合った知識の掘り下げです。

 まずは「『諏方大明神画詞』とは」ということになりますが、余りにもその存在が大きすぎるので、図書館にある本と博物館の資料から、その一部を抜粋して紹介する“堅実”な方法を取りました。

今井廣亀著『諏方大明神畫詞』

小坂円忠「諏方大明神画詞」
(影印の1、2ページを“和綴風”に合成)

 この本の〔はじめに〕から、一部を解説として転載しました。

 文明4年(1472)に、伊那出身の僧宗詢(そうじゅん)が高野山悉地院(しっちいん)で、先師盛円法師の所持されるものを借り、安居の間に筆写したもので、諏訪では上社権祝家に伝えられて「権祝本」とよばれ、のち神長官家にうつって、いまその家に所蔵され、県宝の指定を受けている。美濃紙六十一枚に筆書した詞章である。

諏訪市博物館「企画展資料」

 以下は、諏訪市博物館の特別展『諏訪の縁起と祭礼』で配布された「企画展資料」の一部です。

■ 現在に伝えられた「諏方大明神画詞」
 「絵巻」として作られた「諏方大明神画詞」の原本は、現在不明で写本による文章(詞書)だけが残されています。ただし、写本についても所在が確認されているものは、「権祝本」(守矢早苗氏蔵、神長官守矢史料館保管)、「梵舜本」(東京国立博物館蔵)、「大祝本」(大祝諏方家文書)、「権祝矢島本」(矢島正大氏蔵、諏訪市博物館保管)の4冊のみで、大正3年刊行『信濃史料叢書』に採録された「神長本」や権祝系統とされる「武居祝本」などは所在不明となっています。

 余りにも簡潔明瞭なので、私の出番がありません。前後しますが、全てお任せして、「企画展資料」を始めから紹介することにしました。

「諏方大明神画詞」の成立と伝来
 中世以前の諏訪社の様子や諏訪地方の信仰習俗などをうかがい知ることができる「諏方大明神画詞」は、室町幕府で要職にあった諏訪(小坂)円忠が、編纂した「諏方大明神縁起」の詞書(文章)部分だけを写本として今日に伝わったもので、本来は絵画も描かれていました。
※「諏方大明神縁起」は、諏訪円忠が編纂した絵巻物を意味し、写本として残された「画詞」とは区別しています。ちなみに「絵詞」とは、本来絵巻の絵画部分の文章を意味する言葉で、「画詞」は、諏訪の研究者が使用して定着したものと考えられています。
■諏訪(小坂)円忠の人物像
 「諏方大明神画詞」を編纂した諏訪円忠は、鎌倉時代末期に幕府の奉行人を務め、幕府滅亡後、建武の新政の際に朝廷に仕え、のち室町幕府で雑所決断所の寄人の職にあったとされています。円忠は、鎌倉幕府滅亡と中先代の乱で衰退した諏訪氏を再興するために「諏方大明神画詞」を編纂したのではないかと考えられています。
(一部省略してあります)

諏方大明神画詞紀行

 このサイトの『諏訪大社と諏訪神社』は「諏方大明神画詞紀行」を冠しています。以前から、関係ある文に『諏方大明神画詞』の一部を紹介していましたが、各書の著者名を並記しても“孫引用”に当たります。そこで、信濃史料刊行会『新編信濃史料叢書』収録の「諏方大明神画詞の翻本(はんぽん)」から関係する部分をデジタル化し、「画詞紀行」の名に恥じないように各記事に挿入しました。
 そのままでは“目が立往生”しますから、原文を損ねないように「現代仮名・漢字・簡単な意味」を加えました。これが、気が遠くなるような作業です。読めなければ変換できないので、「手書き文字認識」で《読み》を調べながら漢字を確定しました。複数のネット辞書で意味や用例を調べ「本来の字」を推測することもありました。何しろ、癖字や当て字もあるので気が抜けません。
 以下はその例言(注意書き)です。

【御射山七月】小文字は、原文の「ママ」です。
【大祝(おおのと)】原文にある振り仮名です。
【臘月(ろうげつ※12月)】読み仮名と簡単な意味です。
【纔(僅)かに】()内は現代漢字です。
【等】原文は「抔」ですが、代用漢字の「等」に替えました。
(中略)(後略)】内容に関係がないので省略しました。
】は機種依存文字です。IMEによっては文字化けします。
字】など、存在しない漢字は画像で表示しています。

 『諏方大明神画詞』には、「雅楽(がこう)」がよく登場します。“出現率”がトップというわけではありませんが、武井正弘著『年内神事次第旧記』の「注釈」から、その説明を引用しました。

【雅楽】本来は楽人をいう。(中略) 諏訪では雅楽十人は黄衣の神人としての役を担い、椀飯の膳部の調え、歩射の的役、葛井池への御手幣入れ、春秋大祭での俳優(わざおぎ)など、年内神事の諸役を分担した。