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『諏訪信重解状』−守屋大臣は千鹿頭神!?− 25.1.6

文献によって『大祝信重解状』の名称もありますが、『諏訪史料叢書』に倣って『諏訪信重解状』としました。

 大祝家に、下社に対して、上社の優位性を訴えるために幕府へ提出した『諏訪信重解状(げじょう)』があります。奥書の「宝治三年(1249)」が事実であれば、小坂円忠が、これを参考にして『諏方大明神画詞』を書いたことは十分考えられます。

「追罰守屋大臣」

 「この文書は後世のもの」とする声もありますが、それはそれとして、ここで取り上げたのは、諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書』に収録されている『諏訪信重解状(写)』の翻刻です。朱で書き込まれた返り点をそのまま載せたものとあります。
 “活字”であっても難読・難解であるのは変わりませんが、その中から〔一、守屋山麓御垂跡事〕の一部を転載しました。

解状

「追罰」と「追出」

 この中から、気になる語句を二箇所だけ取り上げてみました。

而間令守屋大臣、…卜居
 ──(しか)る間、守屋大臣を追罰(ついばつ)せしむ、

 影印には「追(ツイ)(バツ)」とカナがふられています。そのため、返り点を無視した「追罰(ついばつ)(し)せしむ」と読むのが通例になっています。

最下段の写真
若不守屋者、…卜居
 ──もし、守屋を追い出さしめ給わずは

 影印では「追(シニ)」です。誤字と思いましたが、別の文から[]は、[]の字の(隙間を空けた)癖字であることがわかりました。これで読みは「お(を)に」になりましたが、相変わらず意味不明です。これを、強引ですが“合理的”な「ニはイの間違い」としてみました。
 前例に倣うと「守屋を追い出しせしめ」になりますから、「守屋を追い出すことができなかったのならば」と意訳してみました。

 類例がないかと読み進めたら、〔一、當社五月會御射山濫觴(らんしょう)事〕に、同じような文言を見つけました。

天降御之昔者、令守屋大臣、而上下宮卜居御、

 初めは、「上下宮」を「上社・下社」の意として読みました。しかし、下社を下位とする『解状』ですから、「而上(しかるうえ)」と読めば、「守屋大臣を追い出してから、占いで下社の場所を決めた」と解釈することができます。

 因みに、石井進さんは、小稿『大祝信重解状のこと』の中で「(この返点は)諏訪神社の歴史を全く知らぬものが付けたらしく、誤謬も甚だしいもので…」と書いています。

守屋大臣は追放された!?

 ここまでに挙げた「追出」は、私の読み方では「守屋を追い出す」ことになので、通説の「守屋を取り込んだ」とは反することになります。「またー」と反論を受けそうですが、この「守屋(守矢・洩矢)追放説」は、まるっきり突飛な話ではありません。地元でも特にお膝元と言える本に見ることができます。

追われた守屋大臣は千鹿頭神

 ここで、「千鹿頭神(洩矢神・守屋大臣)は松本へ追い払われた」話が生きてきます。

 こうして見ると、神長は神氏に従って前宮に来、すでに祭祀の形の整っていた洩矢の祭祀のやり方を学ぶため、千鹿頭神と数年を過ごしおよそのことが分かった段階で松本へ追いやったと思われる。千鹿頭神のいた宇良古は、当時は諏訪の北の境で、彼は更に奥州に追われたと伝えられる。

 高部歴史編纂委員会『高部の文化財』では、「神長官の先祖は諏方明神に従って諏訪に来た」説を挙げています。これは地元だけの伝承と思っていましたが、『諏訪信重解状』の「追令(おいせしめ)」を私のように解釈した人が「上記の話」を広めた可能性が出てきました。言い替えれば、単なる伝承ではなく根拠となる文書があったことになります。
 この説では、服従したとはいえ対立した敵に重要な祭事を任せてしまうという「なぜ」が消えるので、辻褄は合います。こうなると、「守矢氏の先祖は戦いに敗れたが、服従して従来からの神事を引き続き行った」という定説に堂々と“大石”を投じることができます。
 しかし、『諏訪信重解状』に書かれた本宮の成立由来は「神話の世界そのもの」なので、とても事実に結び付けることはできません。史実であっても、幕府の心証を良くするために情報を操作したことも考えられます。一番の難点は、「当時の字句が、現代の辞書に代表される意味と同じかどうか」ということでしょう。
 全体の流れをつかんだ上で『解状』の影印を読むことができれば、原文を再校正して“最適化”することもできます。しかし、自分の読解力ではそれが不可能なので、「追う」を最重要視し、それ以外のことは考えないことにしました。

解状 諏訪市史編纂委員会『諏訪市史』に『大祝信重解状』の図録が載っていました。前記に該当する部分だけを切り取ったので、興味のある方は、あれこれと推読してください。

 『諏訪信重解状』でこのサイトに辿り着いた人には中途半端な内容になっていますが、遙か昔に忘却の彼方に去ってしまった千鹿頭神にスポットライトを当てることができ、「千鹿頭神・守矢神の系譜」へ繋げることができました。これで、いつもの常套句「諏訪大社は奥が深くて面白い」で終わりにします。


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