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『諏訪信重解状』 25.1.6(31.3.14 改稿)

文献によって『大祝信重解状』の名称もありますが、『諏訪史料叢書』に倣って『諏訪信重解状』としました。

 大祝家に、(下社に対して)上社の優位性を訴えるために幕府へ提出した『諏訪信重解状(げじょう)』があります。奥書の「宝治三年(1249)」が事実であれば、小坂円忠が、これを参考にして『諏方大明神画詞』を書いたことは十分考えられます。

「追罰守屋大臣」をどう読むか

 「この文書は後世のもの」とする声もありますが、それはそれとして、ここで取り上げたのは、諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書 第一巻』に収録されている『諏訪信重解状(写)』の翻刻です。解題に、「朱で書き込まれた返り点をそのまま載せたもの」とあります。
 “活字”であっても難読・難解であるのは変わりませんが、その中から〔一、守屋山麓御垂跡事〕の一部を転載しました。

解状

 この中から、気になる語句を取り上げました。

「追罰」

而間令守屋大臣
 ──(しか)る間、守屋大臣を追罰(ついばつ)せしむ、

 影印には、「令(メ)/追(ツイ)/罰(バツシ)」と訓点が付けられています。ところが、返り点とふりがなを無視した「追罰(ついばつ)せしむ」と読むのが通例になっています。

最下段の写真

「追出」

若不守屋者、
 ──もし、守屋を追い出させしめ給わずは

 影印では「令(メ)/追(シニ)/出(サ)」です。「追」はどう見ても「し」とは読めませんが、別の文から、[]は[ヲ]の横縦の間を空けた癖字であることがわかりました。これで読みは「お(を)に」になりましたが、相変わらず意味不明です。
 これを、強引ですが「ニはイの間違い」としてみました。前例の「追罰」に倣うと「守屋を追い出させしめ」となりますから、「守屋を追い出すことができなかったのならば」と意訳できます。

 他に類例がないかと読み進めたら、〔一、當社五月會御射山濫觴(らんしょう)事〕に、まったく同じ文言を見つけました。

天降御之昔者、出守屋大臣

 影印では「令(メテ)/追(訓点無し)/出(セ)」です。つまり「守屋大臣を追い出せせしめて」となります。

 影印と『諏訪史料叢書』の書き下し文に、返点の違いが見られます。因みに、伊藤富雄さんは、「この返点は諏訪神社の歴史を全く知らぬものが付けたらしく、誤謬も甚だしいもので、これあるがために到ってその文意を支離滅裂にしている」と書いています。

守屋大臣は追放された!?

 ここまでに挙げた「追出」は、私の読み方では「守屋を追い出す」ことになるので、通説の「守屋を取り込んだ」とは反することになります。「またー」と反論を受けそうですが、この「守屋(守矢・洩矢)追放説」は、まるっきり突拍子もない話というわけではありません。神長官が居住していた高部区の本に見ることができます。

追われた守屋大臣は千鹿頭神

 高部歴史編纂委員会『高部の文化財』では、「神長官の先祖は諏方明神に従って諏訪に来た」説を紹介しています。

 こうして見ると、神長は神氏に従って前宮に来、すでに祭祀の形の整っていた洩矢の祭祀のやり方を学ぶため、千鹿頭神と数年を過ごしおよそのことが分かった段階で松本へ追いやったと思われる。千鹿頭神のいた宇良古は、当時は諏訪の北の境で、彼は更に奥州に追われたと伝えられる。

 これは地元だけの伝承と思っていましたが、『諏訪信重解状』の「追令(おいせしめ)」を私のように解釈した人がいた可能性が出てきました。
 この説では、服従したとはいえ対立した敵に重要な祭事を任せてしまうという「なぜ」が消えるので、辻褄は合います。こうなると、「守矢氏の先祖は戦いに敗れたが、服従して従来からの神事を引き続き行った」という定説に堂々と“大石”を投じることができます。
 しかし、『諏訪信重解状』に書かれた本宮の成立由来は「神話の世界そのもの」なので、とても事実に結び付けることはできません。史実であっても、幕府の心証を良くするために情報を操作したことも考えられます。一番の難点は、「当時の字句が、現代の辞書に代表される意味と同じかどうか」ということでしょう。
 全体の流れをつかんだ上で『解状』の影印を読むことができれば、原文を再校正して“最適化”することもできます。しかし、自分の読解力ではそれが不可能なので、「追う」を最重要視し、それ以外のことは考えないことにしました。

解状 諏訪市史編纂委員会『諏訪市史』に『大祝信重解状』の図録(影印)が載っていました。「追罰」に該当する部分だけを切り取ってみました。

 『諏訪信重解状』でこのサイトに辿り着いた人には中途半端な内容になっていますが、遙か昔に忘却の彼方に去ってしまった千鹿頭神にスポットライトを当てることができ、「千鹿頭神・守矢神の系譜」へ繋げることができました。これで、いつもの常套句「諏訪大社は奥が深くて面白い」で終わりにします。


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