諏訪大社と諏訪神社トップ / 上社雑学メニュー /

諏訪大社上社本宮の幣殿 27.6.8

 摂末社遙拝所の神号額の写真が必要となり、改修が終わったばかりの諏訪大社上社本宮へ向かいました。必要とする一枚を撮ってから「どれどれ」と布橋から幣殿へ目をやると、…いつもと様子が違います。下に目を移して、東宝殿が基礎だけを残して取り払われているのに気が付きました。

改めて、本宮の「幣殿」を横方向から眺める

諏訪大社上社本宮の幣殿

 通常は宝殿が前に位置するので、幣殿は一部しか見えません。「こうだったのか」と、改めて“感心”してから自宅へ戻りました。ということは、拝所から幣拝殿の正面を見ずに(忘れて)帰ったことになりますが…。まー、しばらくは檜皮の色が褪せることはないから、と気楽に構えました。
 自宅でじっくり眺めると、屋根の銅板が檜皮葺に替わったのは別として、その全景が露わになった分、頭でっかちの幣殿が極めて不安定な造りであることがわかります。もちろん下部が写っていないので、それと見なければわかりません。

諏訪大社上社本宮幣殿
東宝殿  

 この写真は、2008年8月20に撮ったものです。通常は、このように立木と宝殿の間からようやく見えるという構図です。幣殿の色が異なっているのは、天候や撮影時刻もありますが、カメラそのものが違うことにあります。

乙事諏訪神社の幣殿 左に、富士見町の乙事(おっこと)諏訪神社の幣殿を用意しました。上社本宮に建っていた幣拝殿を、江戸時代に移築したものです。本宮幣殿のミニ版と言えますから、その構造がよくわかります。
 拝殿の後部が幣殿の前部を支えているので、地震などで倒壊することはないでしょうが、横から見るとかなり不安定な印象を受けます。

宝殿取り壊し

本宮宝殿“跡” 12年に一回しか見られない、東宝殿が存在しない本宮です。私は何回か経験していますが、それでも別の神社(諏訪大社本宮ではない)という印象を受けます。遠地でなかなか参拝できない皆さんに代わって、式年造営(御柱祭)間近という現状を紹介しました。
 標題では「取り壊し」と書きましたが、撤去です。宝殿は分社などに移築されて活用されるのが慣習になっていますから、その“行方”がわかった時点でお知らせします。