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伊能忠敬と諏訪大社(諏訪神社)

 平成14年の4月、「アメリカ議会図書館で、伊能忠敬が作製した『大日本沿海輿地(よち)全図』のうち、原本が失われている18地域分の『大図』の写しが見つかった」と報道され、信濃毎日新聞の南信版では諏訪湖を中心とした写真が掲載されました。
 下の二枚は、『大日本沿海輿地全図』の内、諏訪神社を含む部分の一部分です。『国立国会図書館デジタル資料』からお借りしました。

大日本沿海輿地全図(下社)

 下社は「諏訪春宮」「諏訪秋宮」とありますが、なぜか鳥居が描かれていません。「下諏方」の左には「温泉」と書かれているので、当時も「温泉」という呼称があったのかと一人うなずいてしまいました。

大日本沿海輿地全図(上社)

 上社は「上諏訪宮」となっているので、書き違いか(地元での)聞き違いと考えました。調べると古くから多くの呼び名があり、その一つが「上諏訪宮」とわかりました。神宮寺の五重塔もしっかりあります。
 街道や海岸沿いを歩いて測量し、その筋だけを地図にしたのが『大図』なので、当然ながら山の名前はほとんど書かれていません。それでも、守屋山とおぼしき山に「神宮寺山」と書いてあります。その下にも「神宮寺山」がありますから、双耳峰の東峰・西峰をそれぞれ「神宮寺山」としたのでしょうか。山名は随行した高島(諏訪)藩の役人から聞き取ったとするのが妥当ですから、諏訪では「守屋山」の呼称はなかったのかもしれません。