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諏訪大社の神紋「諏訪梶の葉・明神梶の葉」

 梶の正式名は「穀(かじ)」だそうですが、私も「穀って何だ」の仲間に入るので、本文は「梶」と表記しています。また、神紋や家紋は「丸に○○梶の葉」などバリエーション毎に正式名があります。ここでは、「家紋・神紋サイト」ではないので大ざっぱに表記しています。参考程度としてください。


「諏訪梶」上社本宮 神社には、それを象徴する神紋があります。諏訪大社は梶ですが、上社は根が4本の「諏訪梶の葉」で、下社は5本の「明神梶の葉」と分かれています。この梶紋は各地の分社でも使われていますが、諏訪大社(旧諏訪神社)に縁(ゆかり)のある法華寺や安国寺などの寺院でも見られます。
 梶は桑科とあって“本家”の桑の葉に似ていますが、やや厚みがあります。本に「一本の木の中でも様々な形の葉を見ることができる」とあるので観察してみると、「これが同じ木」と思えるほど一枝の中にも楕円から切り込みの深いものまでありました。

「明神梶」下社秋宮 この木が暖地性であることから「諏訪神のルーツは南方」との説があります。例年になく春が早いという平成14年の4月末でさえ、芽を固く閉じた冬姿のままでしたから、かなり寒がりのようです。
 しかし、家紋・神紋の起源はそう古いものではないそうですから、参考にしても、紋から神社のルーツを探るのは無理があるようです。


 『諏方大明神画詞』に「梶」を見ることができます。

 さて同十月新羅え御発向(※出発)の時、(中略)数艘の兵船四方をかこみ奉りて諏方・住吉の二神穀(かぢ)ノ葉・松枝の旗をあげて先陣に進み給えば、群鳥鷹鳩鷺烏虚空に飛びかけり、(後略)
『諏方大明神画詞』「3」
 桓武天皇御宇、東夷安倍高丸暴悪の時、将軍坂上田村丸、(中略)信州に到り給いし時、伊那郡と諏方群(郡)との堺(境)に大田切と云う所にて、先ず一騎の兵客参会す、梶ノ葉の藍摺(あいずり)の水旱(干)をきて鷹羽の箆矢(のや)を負(お)い、栗毛なるうまにのりたり、(後略)
『諏方大明神画詞』「9」

 『画詞』では「穀ノ葉・梶ノ葉」と二つの表記がありますが、この時代では、上写真から枝と根を取り去った「立梶(たちかじ)の葉」が神紋となります。諏訪市博物館で展示している、大祝が着用した「山鳩色の狩衣」は「立梶の葉」でした。


梶の葉 神紋に一番似ている葉を求めて本宮や前宮周辺を歩き回ってみました。守矢神長官屋敷の御社宮司神社の裏にある、これが一番近いと思われる葉を電子採集しました。しかし、切れ込みの数は同じでも、デザイン化した神紋とはかけ離れた形でした。
 梶は諏訪の気候に合わないのか、樹齢が百年を超えると急速に弱るようです。そのため、諏訪大社の神紋に採用されていても、「“梶としては”大木」と言えるような木しかありません。青森県の玉掛諏訪神社で樹齢300年という梶を見ましたが、残念ながら「枯れ木を保存」という状態でした。