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布橋「冬至日の出ライン」 1.7.20

■ 内容が内容だけに、加筆(または削除)を予定しています。

冬至日の出ラインの道

 『地理院地図』から、諏訪大社上社付近を切り取りました。かつてお世話になった、原村から岡谷市への通勤路です。

諏訪大社上社付近図
自称「冬至日の出ラインの道(----)」(地理院地図を加工)

 冬至の前後に、バックミラーに太陽が昇ってくるのを幾度となく見てきました。初めてそれに気が付いた時は、諏訪大社上社の造営に関わるラインと考えました。しかし、地図を見れば、この県道は西山の山麓(等高)線と言えることから必然的に“そう”なったと理解できました。

布橋「冬至日の出ライン」

諏訪大社本宮布橋(出口側) 上社本宮の布橋は、東・西宝殿を結ぶ横軸と平行ではありません。この写真(出口側)ではわかりませんが、入口側(奥)が宝殿とは斜めになるラインで右に寄っています。
 「もう少しキチッと造ったら」との不満がありますが、私の性格を諏訪大社に押しつけることはできません。それが ある日、そのラインが冬至の日の出ラインと重なることに思い至りました。

諏訪大社本宮布橋
曲がって(傾いて)いる布橋の長軸

 グーグルマップを拡大した上社本宮の中枢部です(現在はこのように表示しません)。これを見ると、幣拝殿を大型化した際に宝殿を布橋側に寄せたようにも見えます。
 それはそれとして、『ke!+san』のサイトにある〔2地点間の距離と方位角〕を使って布橋の“傾き”を割り出してみました。ただし、グーグルマップが表示する布橋の両端をクリックして表示する数値なので、桁は多くても誤差が大きい可能性があります。それによると、

左端(出口)の緯度経度 138.11925°/35.998497°
右端(入口)の緯度経度 138.11995°/35.998201°

となり、計算させると、方位角は117.59°(117.594478)となりました。

 次に、布橋の中間辺りの緯度経度・高度(標高)で冬至の方位角を調べました。時代によって変動があるので、100年毎の三例を並べると、

1700年で117.99°
1800年で117.98°
1900年で117.96°

となり、ほぼ118°となりました。布橋の再建が安永年間とされているので117.98°を採用すると、その差は0.35°です。この計算は「地平線上の日の出」と思われるので、八ヶ岳山麓の高さを加味すると、もう少し離れるかもしれません。いずれにしても布橋からは直接に日の出は見えませんから、同じ方位角としても差しつかえないでしょう。

諏訪大社本宮布橋
国土地理院地図

 ここで、グーグルマップが幾ら正確な衛星写真でも、樹下にある建造物をどのくらい正確に表しているかの疑問が出てきました。
 代わるものとして、左の地理院地図の最大拡大図を用意しました。線を一本水平に引き、116.8°の角度変更をすると布橋の長軸に重なりました。
 その差は−側に0.79°と変わりましたが、両宝殿と布橋の“隙間”が現実に即しているので、こちらの方が正確かも知れません。それでも“中をとった数字”の±0.4°以内に入るので、双方ともまーまーの数値となりました。

 ここで、(何か無駄なことをやってきたような流れになってきたので)“まとめ”としました。
 つまり、本宮は諏訪(神)氏の氏神と考えられるので、古い祭祀である“太陽崇拝”を持ち出すのは見当違いになると気が付いたからです。前宮なら「ミシャグジの復活」として御室に絡めた「冬至日の出ライン」を何らかの構造物で造った可能性はありますが、その痕跡は残っていません。
 因みに(参考までに)二つのラインを計算すると、

本宮−前宮神殿ライン 114.70°
本宮−前宮本殿ライン 121.95°

となりました。

布橋−入口御門−南鳥居−三ノ鳥居ライン

布橋と入口御門 布橋の中央に立って入口側を撮った写真です。布橋を基準にすれば、南鳥居(二ノ鳥居)が右へずれているのがわかります。
 布橋を一間分取り除いて建てたという入口御門も、布橋と鳥居のズレを補正する(ズレを目立たなくする)ためか少し右に向いています。

諏訪大社三ノ鳥居を望む 階段(きざはし)の中央から三ノ鳥居を眺めると、中を取り持つ参道も右にズレています。
 ここまで挙げてきた“ズレ”は、神社によくある「見通せなくする構造」と思われます。また、平地が少ないという造営当時の地形による制約も絡んでいるので、◯◯ラインなどと大げさに検証するのは意味が無さそうです。私とすれば大いに楽しめましたが。