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御神渡りの記録『当社神幸記』と『御渡帳』 23.1.18

 「御神渡り(おみわたり)」については、多くのブログやサイトで取り上げています。今さら重複することを書くのも何なので、ここでは、チョッとだけディープな「御神渡り関係の文献」を紹介します。

御神渡りがあった諏訪湖
前日に「御神渡り拝観式」があった諏訪湖 '04.2.1

 諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書』に、『当社神幸記』と『御渡帳(みわたりちょう)』が収録してあります。この二つの文書の〔解題〕を、「どのような書物なのか」を説明する代わりに紹介します。初版はまだ「中洲村・上諏訪町」である大正14年の発行なので、つい畏まってしまう表現の硬さがあります。

當社神幸記 五冊 中洲村 大祝頼固氏蔵
旧上社大祝家にては、当家の行事として古来より行われ来れる御渡注進の控を集めて「当社神幸記」なるものを集成したり。収むる所嘉吉に始まり天和に終る。…本書集成の年代は…大祝神頼隆の手により作成せられたるものか。(以上抜粋)

御渡り帳 一綴 上諏訪町小和田区蔵
小和田村は古来諏訪湖の御渡状況に関し年々これを上社に報告するの所役あり。…村役人はこれを浄書して外記太夫家に進達す。尚この時前年の豊凶をも付記して以て天和三年(1683)以来明治四年に到る凡そ百九十年間、連年記載せるもの即ちこの「御渡り帳」なり。(以上抜粋)

 御神渡りの記録が「天和」を境に“官から民”に移った経緯はわかりませんが、連続した記録が「嘉吉3年(1443)から明治4年」まで残っていることが驚きです。

『当社神幸記』

御神渡りの記録「神幸帳」 『当社神幸記』には最古の「応永4年(1397)」が存在しますが、『諏訪市博物館WebPage』に嘉吉3年(1443)の「御渡注進状扣(控)」の写真があったので、それに忠実に似せたものを作ってみました。
 (このままでは読めそうもないので)本文のみを「書き下し文」にしたものを以下に続けました。「鵜木渡」は『諏訪市史』の図表「御神渡り下渡・上渡地」にありましたが、「高畑渡」は不明です。

 今月八日夜湖水凝結せしめ、同十日卯刻(※朝6時)当社浜高畑渡下御(くだりまし)て 下宮(※下社)浜氷消て上渡(のぼりまし)不見候(みえずそうろう)佐久新海明神は高木浜鵜木渡より下御(くだりまし)てここに湖中御参会(さんかい)候、此旨以(このむねをもって)御披露可有候(あるべくそうろう)恐惶謹言(きょうこうきんげん)

 御神渡りはあったが、「下社側の岸辺は凍らなかった」ということでしょう。「佐久新海明神の参会」は『諏方大明神画詞』にもあります。

毎年臘月(ろうげつ※12月)中、日限はさだまらず、極寒の時節、日夜の間に御渡(※御神渡り)あり、(中略) 又、佐久の新開社は行程二日斗(ばか)り也、彼(かの)明神と郡内小坂(おさか)の鎮守の明神と、二神湖中に御参会あり、然れば大小通路三ノ跡、辻(つじ)の如くにして歴然たり、(後略)
『諏方大明神画詞』「80」

 「先宮神社」辺りから諏訪湖の西岸「小坂鎮守神社」方面に向かって出現する御神渡りが「佐久の御渡り」です。これを両神が湖中で会ったと考えた(表現した)のでしょう。上社─下社ラインと交差するので、「辻の如く」と書いています。

添書

 諏訪市史編纂委員会『諏訪市史』から抜粋して紹介します。

 記録以外に添え書きもある。『當社神幸記』には、文安三年(1446)の大飢饉を記述している。大永六年(1528)から三年間の記録に、正月元旦上社蛙狩神事のさい、「カワツ一ツモナシ」とある。

 そのまま読むと、480年前の蛙狩神事では「三年連続でカエルが捕れなかった」ということになります。こうなると、「七不思議」云々より、仮に蛙狩神事でカエルが見つからなくても「前例がある」と開き直ることができます。

『御渡帳』

 以下は、「嘉吉」から300年後の宝暦5年(1755)の『御渡帳』です。長からず・まとめやすいという自分本位の理由で「この年」を選びました。
 ここでは、御神渡りの「始発と終着」場所を「御坐」と書いています。「座る」という意味では理解できませんが、『當社神幸記』の「上御(あがりまし)」から「おまし」と読むことができそうです。

 御渡り之事
一の御渡り 衣崎之内中門東之脇御坐
二の御渡り ゑりか崎(襟ヶ崎)東之脇に御坐
佐久之御渡り 濱澤崎北の脇三つ釜北の脇小坂むきへ御坐
一の御上り 千本木澤と脇白草に而(して)御坐
二の御上り 本舟渡東の脇清水に御坐
東之拝   市兵衛 
庄右衛門 
南之拝 市左右衛門 
覚三郎 
 右亥之作見出中作岡田下作、秋口米相場二斗七八升、暮に至り二斗五升ぐらい、之暮御直(値)段拾六表(俵)
 宝暦五 乙(いつがい)十二月十日
諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書』

 〔解題〕には「前年の豊凶をも付記」とあるので、「亥年の拝観に亥年の状況が書かれている」ことに悩みました。他の年を確認すると同様の文面です。しばし瞑想すること3分。現在と違う旧暦なので、「年末に現れる御神渡りに当年の豊凶を書く」ことができたのは当然のことでした。


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