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『上社古図』に描かれた「輪蔵」 23.5.17

【輪蔵】経蔵に設置した、一切経用の回転書架。中央の柱を中心に回転する。

『kotobank』

 私が記憶する具体例では、岐阜県高山市の安国寺にある国宝の「輪蔵」になります。

『上社古図』

 諏訪市有形文化財の一つに神宮寺区蔵『上社古図』があります。描かれた時代は江戸時代初期とされていますが、私は、これが江戸時代に描かれたとしても、基になった『天正の絵図』があったと考えています。

諏訪神社上社の輪蔵

 下は、茅野市神長官守矢史料館蔵『復元模写版上社古図』です。ここに「輪蔵」が描かれていますが、(時代差から)当然併記してあるはずの「今ナシ」が抜けています。

輪蔵 「今ナシ」とは、「現在は存在していない」ことを表す、絵図に貼られた「紙の付箋」のことです。その付箋が剥がれていた『オリジナルの上社古図』を模写したのが神長官(守矢)家蔵『上社古図』ですから、当然、復元模写版にも「今ナシ」が引き継がれなかったことになります。
 諏訪神社上社は天正10年(1582)に織田軍によって焼き払われ、すべてが灰燼になったそうです。江戸時代の絵図作成でも、再建されなかった輪蔵をなお描き続けたのは、単に「かつての栄華を残した」とは思えません。何か理由があってのことだと思われますが、皆目見当がつきません。

「宮中掃除之次第」

 諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書』収録の「諏訪子爵家文書」に、「武田勝頼宮中掃除定書」と名が付けられたものがあります。ここには「(武田龍丸朱印)」と編集者の添え書きがあるので、原本には「武田春信龍丸朱印」が押されていることがわかります。今で言えば“武田家の実印”ですから、非常に重みのある「命令書」であることがわかります。しかし、この文書は、平たく言えば「掃除の分担の決まり」です。
 武田家の頭領が「なぜこんなものを」という疑問が湧いたので、一通り目を通してみました。意訳として“読むだけ”なら簡単ですが、(笑われない)読み下し文に変換するのは至難の業でした。今回は、読みやすいようにひらがなを多用してみました。

宮中掃除の次第

一、上の壇は、五官衆当番の役として、掃除せしむるべく事

一、護摩堂の前後は、下坊役たるべく事

 (中略)

一、護摩堂・輪蔵・並び奉納堂は、近年は上坊の役たるべく事

 (中略)

一、神子屋の畦(ほとり)は、神子屋衆の役たるべく事

右社中一塵一芥の汚穢(え)無く清浄これを勤めつかまつり、怠慢有るべからずものなり、よって件(くだん)の如し
 天正八年十二月二十四日

 「ここまで干渉する」ということは、続く戦乱で荒れるに任せた状態であったのか、または、掃除の分担(利害関係)を巡って“神仏間”で諍(いさか)いがあったとも考えられます。それは別として、ここに「輪蔵」が書かれています。

 この文書により、天正8年には輪蔵が確実に存在していたことがわかりました。2年後の織田軍による上社焼き払いで灰燼になった以降は、私が読むことができる本には「輪蔵」の文字は現れないので、再建されなかったのは確実です。“箱”は作っても、中に入れるお経がなくては意味がありません。