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大祝即位式場 15.3.23(2.1.29改)

 諏訪市博物館ホールの隅に、何か東屋風の小屋があります。その説明板には以下のように書いてありました。

復元 大祝即位式場
文政9年(1526)の図をもとに、天明元年(1781)の図を参考に復元。江戸時代には、八角形の神殿の中で、大祝は神長官により御衣を着せられ秘法を授けられて、神となった。即位式は天保12年(1841)まで行われた。

大祝即位式場 三輪磐根著『諏訪大社』には、大祝即位式の模様を「中庭に雪隠(せっちん)も新設するという30日余りの潔斎の後、鶏冠社の要石(かなめいし)を内にして周囲に幕を引き神殿を設ける」とあります。
 さらに、「この式が前宮の社殿で行われず柊樹(ヒイラギ)のある鶏冠社において、しかも、付近に風雨をさえぎる社殿がありながら庭上で行われるのは、諏訪大神の最初の領座地たる神原でその初め神霊を招奉ったのが樹下の神石と考えられ、その形式を保存してきたためであろう」と続きます。

江戸時代以前の式

大祝即位式場
大祝即位式場(内部天上部分)

 神長官が降ろした「ミシャグジ」を大祝に憑依させて「神」となす儀式は、『諏訪史 第二巻後編』〔襲職の式〕から江戸時代以前の様子を拾うと、「大祝は立烏帽子ばかりを戴き(ということは裸)、神殿(ごうどの※大祝邸)を出て葦を敷いた石上に着き、神長をして装束を着けしむ」「左折れ立烏帽子・山鳩色狩衣・紫の指貫を着用せしめ、社例傳記一子相伝妙壇の作法を授ける。その儀は大嘗祭御禊の規式に準ずるという」がありました。
 復原された式場のように白幕の中で行われたそうですから、外部からは見えません。つぶやきとしか聞こえない声と幕を通して伝わる衣擦れに、神長官家の秘術はますますその尊厳性を高めたのでしょう。

 時代が下がると秘法伝授のみで式を省略したり、それも行わずに大祝の職位に就くなど、次第に廃(すた)れていったそうです。


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