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八ヶ岳南東麓「謎の石造遺物群」 山梨県 '20.11.28

 Googleマップに表示する宇波刀(うわど)神社の投稿写真を見る中で、その存在を知りました。これには文字情報が無いので正体は不明ですが、私には「石棒と丸石」に見えます。
 それとともに、かつて倭文(しずり)神社で見た「謎の環状列石」との類似性を思いました。

倭文神社再拝と宇波刀神社参拝

 「両者の関連性を調べる」とは大げさですが、農作業が終わった冬の日曜日には矢尻と土器(片)拾いに明け暮れた少年時代を持つ私です。人生の黄昏を迎えた今でも縄文時代の遺物には心がときめきますから、好天続きの秋の一日を選んで両社を訪ねました。コロナとは無縁の場所ですから、何の心配もありません。

倭文神社 韮崎市穂坂町 '20.11.8

 「写真だけを見れば“環状列石”です。本殿の瑞垣内に見つけました。径約1.5mの石の配列には…中心に据わった石に何か意味があるように見えますが、首を傾げるしかできません」とは、平成21年に書いた倭文神社参拝記の一部です。

倭文神社 今日は快晴ですが、落ち葉に埋もれた日陰とあって寒々しい写真となりました。
 これは、上写真では上側に当たる横方向から撮ったものですが、倒れた石を起こせば、正に小型ながら環状列石です。
 改めて目に焼き付け、穂坂路(ほさかみち)をたどって北杜市へ向かいました。

宇波刀神社 北杜市明野町 '20.11.8

宇波刀神社の石造物 「それ」は、宇波刀神社本殿の右方にありました。すでに、神社入り口の辻に道祖神がありましたから、その類では無さそうです。
 もっと土俗的な信仰形態と思いますが、現時点では「私が強く興味を引かれる物」とするしかありません。

宇波刀神社「石皿と磨り石」 その前に立つと、丸石ではなく、縄文時代に使われた石皿とわかりました。そうなると、先ほどまでいた倭文神社のものは石皿とは言えませんが、凹んだ石として共通しています。
 ここの石は、断定はできませんが、近代に加工された石造物ではない、いわゆる遺物です。博物館などで展示されているものと同等ですから、開墾や農作業などで掘り出されたものを当初から神社の境内に奉納したということでしょう。

 それを囲むのは、石皿と対になる磨石(すりいし)にしては大きすぎるので、(くびれ部はありませんが)いわゆる石棒と呼ばれるものでしょう。石皿と違って、それらしく似ている石が混入している可能性もありますが、意図的に「陰と陽」をセットにしたのが想像できます。ただし、その数と並べ方に意味があるのかはわかりません。

 私が知るのはこの二例だけです。地元の人に訊けば具体的な名称や祭祀名がわかるかと思いますが、このご時世では、チャイムを押してまで確認するには至りませんでした。

道祖神

 宇波刀神社入り口の辻にある祠二棟の内の一つです。基台に石棒と丸石が置いてあるので、道祖神となります。
 山梨県では、丸石のみと石祠の中に石棒を納めたものの他、「この形態」がよく見られます。
 これら小型の石棒は、道祖神信仰が一般的になった際に加工して奉納したものと見て間違いありません。前述の祭祀形態とは立地から見ても明らかに異なるので、参考として紹介しました。