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高野の文字道祖神 山梨県北杜市小淵沢町高野 29.10.30

 小淵沢町誌編集委員会『小淵沢町誌 下巻』〔風俗信仰〕から、[道祖神信仰]の一部を転載しました。

 高野部落八幡神社境内の祖神バラの根元にまつられている道祖神は、正面に道祖神と刻まれその上方に男根が型どられている。そして下部に穴があけられ女性の胎を象徴しているもので、数少ない珍しいものである。祠内には小さな石像が納められている。
 町内の丸石の道祖神は、下笹尾諏訪神社に一基だけである。(後略)

 マーキングした部分と北杜市指定文化財に釣られて、道祖神を拝観しました。

八幡神社と道祖神 29.10.24

 八幡神社の境内は敷地全体を使ったゲートボール場で、10人くらいの年寄りが歓声を挙げています。挨拶しながら、ライン代わりのロープを踏まないように、小さくなって拝殿に向かいます。衆人“監視”ですから、参拝が目的でなくても拝礼するしかありません。

高野の文字道祖神

 余所者としての手続きを終えたので裏に廻ると、たくさんの石祠や馬頭観音などが種別にまとめられています。今は見捨てられたという存在に加え日陰という場所ですから、陰気くさいと言うしかありません。ゲートボール場を確保するために、すべてをここに追いやったのではないかと疑ってしまいました。

小淵沢町「高野の文字道祖神」 持参のメジャーで、高さ79cmと測りました。
 町誌の写真では判別できなかったのでマジマジと注視しますが、男根と言えるモノはありません。それを目当てに来たのではありませんが…。

 次の行為として10センチくらいの穴を覗きますが、真っ暗で何も見えません。カメラを向けてシャッターを半押しすると、測距用のイルミネーターが顔を赤く浮かび上がらせました。フラッシュの出番ですが、発光源がカメラの左側なので穴の縁が陰になり部分的にしか写りません。

 時々、社殿の向こうから歓声が伝わってきます。長居が過ぎると不審者に思われそうなので、境内のあちこちを写真に撮るふりをして戻りました。神社の境内を借用しているのなら、お礼に裏の草取りでもしたら、とあくまで立ち寄り参拝者の目で小言を書いてみました。

胎内の双体道祖神

高野の道祖神

 何枚か撮った中で最良の二枚を紹介します。男神は、久しぶりに覗かれてうれしかったのか、ニヤニヤしているように見えます。女神は、突然の訪問者に驚き、手で顔を隠すことができないので、そっぽを向いたように思えました。

「道祖神」文字の“解析”

 「道」の「首」の部分だけを拡大したものです。これを見ていて、何十年ぶりかに「左カーブ右カーブ・真ん中通ってストライク・応援団長フーワフワ(※松本市バージョン)」を思い出しました。子供の頃覚えた絵描き歌ですが、その手法と似ていることに困惑してしまいました。

 「私にも、幼い少年時代があった」ことは置いて、現地を探訪した者としては、『小淵沢町誌』の説明は納得できるものではありません。ネットで探してみると、北巨摩郡市町村文化財担当者会『pdf 八ヶ岳考古 平成11年度年報』がありました。報告書とあって改行がない文は読む気を失わせますが、取りあえずマーキングした部分だけを読んで下さい。

高野八幡神社拝殿北側所在の文字道祖神
 八幡神社拝殿北側にある文字道祖神で、この道祖神について「山梨県の道祖神」の中で、著者の中沢厚氏は「珍しい一個の文字道祖神が小淵沢町高野に鎮座している。甲斐駒ヶ岳と対峙して、眼下に釜無川を見下ろすような八幡神社の右手の山林中に、双神像と、これも道祖神であろう一神像かあり、その問に位置した石塊がそれである。縦八十センチ、横六十七センチ、角ばった大石の一面に、書体で道祖神の三字を彫ってある。その道祖神の神の字のすぐ下に十センチ弱の小穴が一つ開いている。覗いてみると石塊は空洞らしく、かすかに明るいのはおそらく空洞は下部に抜けているのであろうが、大石塊だから、動かぱこそ調べるわけにはいかぬ女性の胎内を意味する。かかる空洞石こそそれだけで道祖神の資格充分というわけである。ここでなお興味のあるのは刻まれた三文字の形である。亀甲文風な特異な筆運びは、「道」の字と「神」の字を部分的に女陰形に表し、「祖」の字の且を男根形に書いているのである。御念のいった、かかる文字碑は今のところ県内でただ一つである」と述べられていて、書体の文字道祖神は数が少なく貴重である。

 文中の中沢厚氏は「空洞」としているので、『小淵沢町誌』とは差が出ました。