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温泉寺 諏訪市湯ノ脇 24.10.2

 温泉寺については、諏訪大社に関連した「石之御座多宝塔」をメインに掲載しています。それ以外の幾つかを、手持ちの写真を元に別項としてまとめてみました。

高島藩主諏訪家墓所

 平成29年2月、茅野市の頼岳寺にある「高島藩初代藩主廟所」と諏訪市史跡「高島藩主諏訪家墓所」が一括して国史跡に指定されました。

 温泉寺の右側に沿う小路を登り詰めると、高島藩主の二代から八代までの墓所である諏訪家墓所に突き当たります。
 長野県外の人は、諏訪の地で「高島藩」とは馴染めないと思いますが、諏訪湖畔に「高島城」があるように、諏訪氏が治めたのは(諏訪藩ではなく)高島藩です。時には私も諏訪藩と書いてしまうので、諏訪藩と口走っても誰も咎める人はいないので安心してください。

高島藩主諏訪家墓所 この墓所は、「高島藩主諏訪家墓所」と名称がある諏訪市の「史跡」に指定されています。
 通常は門が閉まっていますが、たまたま開いていたので、正面の「諏訪忠恒御霊屋(みたまや)」を撮ってみました。ただし、老朽化が進んだために取り壊されたので、現在はこの景観を見ることはできません。

高島藩主諏訪家墓所 奥に見えるのが、新しい御霊屋です。墓所の外縁に沿って奥の墓地へ向かう小道から、望遠レンズで撮ってみました。
 2mはあるかという墓石が、御霊屋を含めて7基並んでいます。基台には諏訪氏の家紋「丸に諏訪梶」が確認できます。

高島藩主諏訪家墓所の灯籠 上写真に写っている灯籠と同規模のものが、参道や墓所に100基以上も立っています。火袋に紙が貼ってありますが、これは、お盆に「御廟所灯篭まつり」として一斉にロウソクを灯した時の名残です。暗闇に、ほのかとはいえ灯籠の数だけ浮かび上がる灯りを、一度は自分の目で見たいと思っていますが未だに果たしていません。

守屋貞治作「延命地蔵菩薩」

守屋貞治「延命地蔵菩薩」 温泉寺には、高遠(現伊那市)の石工守屋貞治が製作した石仏が多くあります。その中で、高島藩の家老家である千野氏が願主となって文政6年に彫り上げた延命地蔵菩薩を紹介します。
 59歳の円熟期の作というこの特徴ある顔を一度頭に入れると、温泉寺や守屋貞治の名前は忘れても“どこかで見たことがある”と思い出すことができます。

守屋貞治「延命地蔵菩薩」 覆い屋根の裏側が鏡状になっているのは、外光を反射させて照らす配慮でしょう。それでも、晴れた日は明暗のコントラストが強くて、撮った写真にがっかりすることになります。それを見越して、顔に露出を合わせた写真を用意しました。
 全国とは言いませんが、群馬県から兵庫県にかけての各地に「貞治仏」を見ることができます。リストにあってもまだ確認できていないものもあるそうなので、まめに石仏巡りをすれば、同じ顔を見つけて“大発見”となる可能性があります。

鏝絵「布袋」

コテ絵 茅野市の左官職人矢澤將利さんが製作した鏝絵(こてえ)です。鏝絵は漆喰(しっくい)のレリーフですから、“必然的”に蔵とセットになります。
 庫裏の前から上に続く道をたどると右手の蔵に見ることができます。これを温泉寺の「見所の一つ」とするには時代が新し過ぎるのですが、案内板を設けていることから温泉寺も大に推しているのでしょう。私も見入ってしまいました。
 上の紋が、諏訪家の家紋です。◯を外せば、諏訪大社上社の神紋でもある「諏訪梶」になります。
 他にも「和泉式部の墓」がありますが、これは全国至る所で見られるそうですから割愛しました。