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旧梓川村の三峯社 松本市梓川 梓(あずさ)

 去年のことですが、三峯社についてメールのやり取りをする中で、松本市に(私が知らない)お仮屋があることを教えていただきました。

旧梓川村の三峯社参拝 '21.2.20

 ここ四日ほど春の気温が続くという初日に、他の三峯社の巡拝を兼ねて出かけました。地理が不案内なこともあって波田町まで来たことに戸惑いましたが、梓川を渡った対岸が旧梓川村と理解できました。

三峯社と道祖神

 ピンポイントで場所がわかっていましたが、いつものように駐車場所確保に手間取ります。風に冷たさは感じませんが、飛ばされそうになる帽子に幾度も手を添えながら、ようやくこの前に立ちました。
 隣と言える家から出てきたお年寄りを捕まえ、幾つかの話を引き出しました。「前は10人(軒)くらいだったが、今は二人だけ(この部分は不明確)(背後の)杉の木から梯子で枝葉を採るのが大変で、もう止めたいと言う人がいる」と言います。
 話の間が少しでも開くと、自宅に顔と体を向けます。これ以上引き留めるのは無理と判断したので、杉葉の塊の中に三峯社の御札があることは確認できませんでした。後で、私がマスクをしていなかったことが原因とも思いましたが…。

梓川の三峯社 「こういうのを盗撮と言うのではないか」と、周囲に人影が無いのを確認してから、その下にカメラを差し入れました。
 持参のカメラは液晶画面が分離しており、自在に動かすことができます。角度を変えながら注視すると、かなりの「密」です。これでは作るのが大変と、当事者の苦労が理解できました。
 私とすれば、代が変わっても、例え一枝でも杉葉で飾ることを受け継いで欲しいと願うばかりでした。

旧梓川村の三峯社

 現在は松本市ですが、かつては南安曇(あずみ)郡梓川村です。少しの廻り道なので、その梓川図書館で梓川村誌編さん委員会編『梓川村誌 自然・民俗編』を手に取りました。旧村誌に、他の三峯社の情報を期待したからです。
 さっそく「三峯」の文字を追うと、〔祈りの世界〕に「三」がありました。

三峯社
小石の三峯様(下角)

 「三峰様を屋敷神にまつったものは多いが、珍しい例として卵形の小石三個を屋敷の垣根の根元に並べて、三峰様として礼拝している家もある。(後略)」を読めば、これはもう必見となります。しかし、屋敷神とあって、コネの無い自分では無理と諦めました。

 さらに読み進めると、[その他の講]で一括りにされた「三峰講」に、「秩父の三峰様、昭和五十年ころまでお参りした。(北大妻)」とあります。この「北大妻」が先ほど写真を撮った三峯社と頷いて書架に返しました。