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伊勢大神社 山梨県北杜市高根町 村山東割

 当地出身という読者からリクエストがあったので、“代参”して来ました。

 高根町『高根町誌  下巻』〔神社〕から、[伊勢大神社](一部)です。

祭 神 天照大神・豊受大神・素盞嗚命・日本武尊

例祭日 10月1日・祈念祭 4月21日・感謝祭 11月23日

由 緒 創立年代は不詳であるが、明治三十五年一月当社社掌植松吉麿の『無格社伊勢大神宮神社御由緒調査書』によれば、古くは、内宮は字蕪田に、外宮はお伊勢の森に鎮座し、村山郷の産土神の一つであったが、明治維新の神社存廃の際、外宮を村の中央の内宮に合祀して一社となったという。
 天文年間(一五三二〜一五五五)、武田晴信の臣日向大和守昌時(是吉とも)が村山郷を領して当社にも保護を加え、武田氏滅亡後も徳川家康に属して村山に領地を宛行われた日向伝次郎は神鏡を寄進して保護したという。

伊勢大神社参拝 '22.5.23

 「(まだ田植え前ですが)一面の田圃の中に、そこだけ背の高い緑塊がある」というのが伊勢大神社でした。近づくと、杜の下にクレーンを伴った作業車と人影が見えました。

伊勢大神社
神木のケヤキspace村山東割集会所

高根町指定天然記念物「伊勢大神社のケヤキ」

伊勢大神社

 「昭和56年指定」とある案内板から、“由緒”のみを抜粋しました。

 当木は、神社境内の入口部分に立つ巨樹巨木で、落雷により地上五m付近から上部は欠損し、幹内部は空洞となり、内面は炭化した状況で、かろうじて南側半面のみが枝葉を伸ばし、樹勢を保っています。

根回り 11.5m
目通り 8.56m
樹 高 12.5m
枝張り(南北)21.4m
   (東西)20.5m

伊勢大神社のケヤキ 落雷に遭った年月は書いてありませんが、目には「枯れたとはいえ、外観はまだしっかりしたもの」と映りました。ところが、厚い樹皮に空いた隙間から覗き込むと、内側から鉄骨で支えていることで崩壊を免れているのが現状とわかりました。

拝殿と神楽殿

伊勢大神社
拝殿space神楽殿

 拝殿脇に、ヘルメット姿の作業員が数人寛いでいます。時間的に見て10時の休憩ということでしょう。彼らの視線が注ぐ中での拝礼は避けたいのですが、この手順は必須とあって、ぎこちなくなりながらも参拝を済ませました。

本殿

伊勢大神社本殿 拝殿の横を回り込むと、背後に石祠を幾棟か従えた本殿が丸見えという状態でありましたた。
 その後方に火の見櫓と消防団の屯所、側方には「村山東割集会所」(公民館)があるので、かつては旧東割村の中心地だったことが窺えます。
 ところが、現在は(も)「ポツンと一軒社」という状況ですから、なぜこの周辺に集落が発生しなかったのかという不思議さを思ってしまいました。立ち寄り参拝者にはわからぬ歴史があるとは思いますが…。

縁結びの石

伊勢神社の大欅と縁結びの大石 (清水基)
 東割、蕪(かぶら)田の伊勢大神社の境内に大欅がある。その周囲は三丈あり御神木と称されている(現在は町天然記念物)。伝記によれば、日本武尊御東征のみぎりのお手植えといわれている。また境内に(石鳥居をくぐってすぐ右)大石がでんとすわっている。この大石は”縁結びの石”といわ れて多方面から信仰されている。この石にさわることによって不思議に縁が結ばれて幸福になれるということである。現在も氏子の人びとが正月には、しめ縁をはってお祈りをしている。
高根町『高根町誌  下巻』〔民間伝承〕

伊勢大神社「縁結びの大石」 鳥居の右方に、注連縄が掛けられた大石があるのは記憶にありました。参拝時には、作業員の私物やチェンソーなどの道具が置かれていたので近づかなかったのですが、『高根町誌』を読んで、それが「縁結びの大石」と振り返ってみました。

昭和48年頃の村山東割

 地理院地図では伊勢大神社の右側に大字(おおあざ)「高根町村山東割」を表示しますから、神社が名実共々村落の中心地であることがわかります。この状況を昭和48年10月撮影の航空写真で見てみました。

高根町村山東割
『国土地理院』〔地図・写真閲覧サービス〕

 現在の衛星写真と比較すると、畦は直線になっていますが、集落の形はほとんど変わっていません。今でも穀倉地帯ということでしょう。
 近辺を眺めると、白山神社があります。伊勢大神社と同じように集落の東側にあるので、当地の鎮守社を祀る場所はこれが基本ということになりそうです。