諏訪大社と諏訪神社トップ / 各地の神社メニュー /

丸子町の三峯神社 上田市丸子

 小県(ちいさがた)郡丸子町は上田市と合併し、現在は上田市丸子です。 現地の名称から、「三峯神社」と表記しています。

丸子町誌の三峯社

 丸子町誌編纂委員会『丸子町誌 民俗編』〔民間信仰〕に、二例の三峯社が載っています。

丸子町誌
中丸子space飯沼

 平成4年の刊行と比較的新しいのですが、この風習が現在も健在なのか危ぶんでいます。しかし、「絶えないうちに一見したい」と思いながらも令和4年になってしまいました。

丸子町の三峯社参拝 '22.3.31

三峯神社 長津瀬神社境内

 カーナビの案内で入った道は、完全一車線巾です。幹線道路にバックで戻ることもできずに突き進みました。

三峯社と長瀬長津瀬神社
三峯神社(背後は長津瀬神社本殿)

 字(あざ)は旧長瀬村と思われる「長瀬」ですが、神社名は「長津瀬神社」です。拝殿に近づくと、その左後方にある三峯社を難なく見つけることができました。「特異」と言っても、三峯社では普通に設えてある御簾が掛かっていたからです。

三峯社 ささやかな額を掲げているのに気が付きました。屈んで見上げると「三峯神社」で、ダメ押しとなりました。
 御簾が破損しているので内部の様相が想像できます。左方に回り込むと外れた羽目板が窓のようになっており、容易にカメラを向けることができました。

御眷属拝借の札 古びた御眷属箱が置かれています。その向こうに御札が裏面を見せていますが、埃の積もり具合から、講の御眷属拝借はすでに途絶えていることがわかります。
 これも時代ということですが、三峯社独自の姿を自身の目と写真に残すことができました。

 短文ですが、冒頭の『丸子町誌』に載るものを転載しました。

 長瀬町組でも、毎月十九日当番制でお日待ちをして、長津瀬神社境内の三峰神社の祠に詣で、九月十九日を大祭りとしている。

三峯神社 飯沼神社境内

飯沼神社

 飯沼神社は、公民館が併設されていることもあって、広い駐車場があって助かりました。

飯沼三峯社 鎮守社への拝礼もそこそこに三峯社を探して境内の奥へ順に進みますが、特徴ある姿を見つけることができません。
 諦めながら、これが最後という最後部の建屋にある案内板を読むと、これが三峯社でした。

御眷属拝借の札 汚れたガラスにカメラを構えた自分自身が映り込んでいますが、鏡胴を押しつけると鮮明な内部を記録できました。
 並んだ「御眷属拝借之牘」の講名を読むと、双方とも「上田(市)生田」です。講員も「百二十戸」と同じなので新旧の御札と思いましたが、御眷属拝借の有効期間は一年と限られています。どちらも同じ白さなので、二枚の御札を取り寄せたとしか考えられません。しかし、立ち寄り参拝者があれこれ疑問に思っても、地元の事情などわかるはずはありません。

 その答えを案内板に求めようとしましたが、下四分の一ほどが読めません。後半部分だけですが、確実に読めるものを以下に転載しました。

当飯沼村では文化五年観音院役僧多宝が来村…飯沼はこの時代…なって昭和十四年迄三峯神社に代参…飯沼神社境内にカヤ葺の神屋を…の御眷属を祀り家内安全火…村の安全を祈願してまいりましたが…火災により焼失したため木造の…

 文末の「平成八年十二月」が案内板の設置時期とすれば、『丸子町誌』の編纂持には写真通りのカヤ葺きだったことになります。お仮屋の建て替えはとっくになくなっていました。

お仮屋 丸子町にある「御嶽堂の三峯社」をストリートビューで探したら、このようなものを見つけました。別角度では四本の柱と注連縄の残欠が確認できます。
 ただし、中に神号碑の様な石造物がありますから、津島社のお仮屋のようにも見えます。桜が咲く頃に決着をつけようと予定しています。