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往太神社 山梨県北杜市白州町 鳥原

■ 『甲斐国志』では「王大」、山梨県神社庁では「往大」の表記があります。
○王大神祠 社地方二拾歩無税地ナリ
『甲斐国志』〔諏訪明神〕

往太神社 2009年5月に、往太(おうだい)神社を参拝しました。その折りに、社前の池中にある石造物に目が留まりました。経約15cmの石棒に、何か曰わくがありそうな彫刻があったからです。
 「縄文時代の石棒だろうか」と、それ以来気になっていましたが…。

往太神社再拝 '22.9.4

 参道入口には数台の軽トラが駐まっており、周辺の草刈りが真っ最中です。その人目を気にして通り過ぎ、近くにある諏訪神社の参拝を先に済ませました。

 戻って、チェンソーの音と人影が消えた参道を進みます。きれいに刈り払われた境内は諏訪神社も同じでしたから、秋の例祭に備えての手入れでしょう。

往太神社

 社前の案内板です。

祭神 櫛磐間戸命(くしいわまどのみこと)

由緒 棟札には享保16年(1731)7月19日社殿改築とある。古くは鳥原村や上下教来石村の総社であったが、しばしば火災に見舞われ旧態を存ぜず。現在の社殿は領主及び大小氏子協力して享保年間に改築旧観に復した。

其田 櫛磐間戸命神は門戸の守護神で、社前の泉はどんな旱天にも枯れる事なく、長く里人の飲用水として利用された。

往太神社 前回と変わっていませんが、近況として、覆屋のガラス越しに撮影してみました。
 案内板通りなら、本殿は290年前に改築されたことになりますが、どうなのでしょう。


往太神社 壇上から見下ろした「どんな旱天でも涸れない」と伝わる泉です。『白州町の伝説』では「椀貸し池」の名がありますが、「椀貸し」については標準的な内容なので省きました。


往太神社 この池の中央部に、少しだけ頭を出した石の棒です。PL(偏光)フィルター常備のカメラなので、水面の反射を消してから撮ってみました。
 その下部に基台状のものが確認できますが、泥や落葉が覆っておりハッキリしません。強いて言えば灯籠の笠ですが、そうだとしても石の棒は宝珠の形状としてはかけ離れています。左方にも丸石のようなものを載せた方形の基台が見えますが、この境内にポツンと一人という状況では、それも「何だろう」で終わらせるしかありません。
 参道入口に戻ると、一人のお年寄りがいます。尋ねると、「そんなもん知らん」という表情を伴った「わからない」という答えが返ってきました。

 その足で地元の「ライブラリーはくしゅう」の名がある旧白州町図書館に寄りました。職員の協力の下にあれこれ探しましたが、『白州町誌』に載る往太神社と、前出の「椀貸し池」の伝説しかありません。結局は、何もわからずに帰ることになりました。

石棒は「栓」か!?

 自宅で新旧の写真を見比べる中で、「溝の数が多くなっている」ことに気が付きました。本来ならコケが覆っているはずですが、今日タワシで洗い上げたかのような表面です。つい「最近彫り加えた」と思ってしまいました。

往太神社の石棒
2009年space2022年

 撮影方向による違いかもしれませんが、(密かに)「一年毎に、二種類の石棒を置き換えている」可能性も…。それより、この棒を泉の栓とすれば、その時の状況に合わせ、(溝の数で仕様が違う)複数ある棒の一つを選んで湧き出し量を調整していると考えた方が現実的かもしれません。