普段は自販機の前に立つことはありませんが、この暑さです。迷った末にチョイスした「ヨーロピアンテイスト」という冷たいコーヒーを手にして、山中にあるという「子の神社」へ向かいました。地元の人から聞いた、「舟繋ぎ石」から発展した神社の存在に興味を持ったからです。
私は木曽育ちなので、途中にあった「覚明行者御嶽山開道旗揚げの地」とある記念碑の内容は直ぐ理解できました。さらに登り、家並が終わると山道です。そこに、タイミングよく鎌を手にしたお年寄り夫婦が下りてきました。麓にある「舟繋ぎ石」について尋ねてみると、麓で出会った人と同じ内容ですが、「津は港のことだ」と付け加えがありました。津=港は頭にありましたが、武津の「津」に「港」を重ねることはありませんでした。
一応ベンチや遊具と呼べるものがある子の神公園ですが、南側尾根の木々が高いので、今の季節でも木漏れ日程度です。ゲートボール場並の広さはありますが、窪地の底とあっては湿気が籠もっており、立っているだけで汗が浮いた体にカビが生えてきそうでした。
公園右手の斜面に、木漏れ日がチラチラと光り揺れる覆屋に保護された子の神社と小さな祠二棟が仰げます。秋葉神社は下の道標や碑文から想像した大きさとはほど遠く、また、虫に食われた灰白色の祠は全く存在感がありません。もっとも、今ある景観を今流れている時代の目で述べても意味がありませんが…。
一方、左斜面の上部には強い陽が当たり、コントラストの強い緑の影を作っています。その下方に目を移すと、古墳の上石と見られる扁平な大石と木の根と同化した石室の一部らしき大石が露われています。しかし、登り詰めて間近で注視しましたが、古墳の石室とは確定できませんでした。
このままでは登り損になりそうなので、上に続く小道に見晴らしを求めてさらに登ってみました。あそこなら、と仰いだその地点に立つと、嫌がらせのように木々が屏風を作っています。それが何回も続くと、刈り払われた直後でまだ草いきれが残っている急坂に嫌気が差し、思い切りよく体を反転させました。
下り坂で余裕ができたのか、風で舞い上がる萎(しお)れ始めた夏草の匂いを強く感じました。