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田辺御頭御社宮司社 諏訪市田辺 21.5.23

 御頭御社宮司社の左が公民館、右が永久寺の参道、そして背後がその寺地です。そのため、現在でもこの御社宮司社が、田辺(たんべ)の中心地であることは間違いありません。ただ、御頭郷の御社宮司社が、お寺の境内地に鎮座しているような印象を受けるので奇異に映ります。

田辺御頭御社宮司社拝殿

田辺御頭御社宮司社 幣拝殿と片拝殿が合体したような横長の社殿は、諏訪では大変珍しい部類に入ります。
 その背後にある本殿を囲む板塀も、寺院建築を思わせる(調べてわかった)「源氏塀」でした。因みに、手前の木は境内社の御柱です。

田辺御頭御社宮司社本殿 本殿は、塀の上に屋根が見えるだけです。背伸びしても変わらないので撮影を諦めましたが、塀の一画に窓状の空きがあり、カメラを差し入れると、この写真が撮れました。
 屋根を見て神明造とは思っていましたが、“完全な神明造”でした。ミシャグジには相応しくない家と思っても、田辺の氏子が決めたことですから、どうしようもありません。

田辺御頭御社宮司社 「兎の毛通し」は、最近の学習効果で「唐破風に付いている懸魚」とすぐに出てきます。その「兎の毛通し」は「鷹に松」でしょうか。色が、下の竜の彫刻と同じ古色を帯びていますから、旧社殿の彫刻類をそのまま“流用”した可能性があります。

田辺御頭御社宮司社「神紋」 鷹の上に緑青(ろくしょう)色の円盤が見えます。「これは…」と閃いたので望遠鏡代わりのカメラを向けると、「立ち梶の葉」でした。
 社殿関係の「物」では、一番古いかもしれません。「古いから尊い」とは言えませんが、すべてが新しそうな社殿にやや評価が下がっていましたから、この発見には胸が高まりました。諏訪大社の摂社末社は、親社と同じ「諏訪梶」を神紋としているのが圧倒的に多いので、この梶の一枚葉も珍しい例と言えそうです。

田辺郷

 拝殿前の御神燈(灯籠)の願主が、「村中」ではなく「郷中」になっています。話は少し外れますが、これを説明しないと通じないので…。江戸初期に定められた御頭郷は15あります。田辺村は親郷で、御頭の年は枝郷を含めたすべての村を仕切ります。その親郷一覧を書いた資料には「村」と「郷」の二つが見られます。田辺は「田辺郷」です。勉強不足でこの違いが何たるかを知りませんが、(とりあえず)「新田村を出した親村を○○郷と呼ぶ」としました。

 「郷中」に戻ります。諏訪大社上社本宮の大きな注連掛鳥居にも「田邊郷」と彫られています。文献だけでなく石造物にも「郷」とありますから、「田辺郷」として広く用いられているのがわかりました。
 諏訪神社上社の「田の部」という古い歴史を持つ村なのか、永久寺の存在が大きいのか、または双方が影響し合っているのか、社殿などの見た目から受ける御頭御社宮司社の印象は一風変わっていました。