諏訪大社と諏訪神社トップ / 諏訪神社メニュー /

南方神社 鹿児島県南さつま市金峰町中津野 '21.12.19

南方(みなみかた)神社の並立鳥居

 12月16日のリクエストレポート(サーバーの統計)に、以下の神社がトップから並んでいました。

〔薩摩の並立鳥居〕─553
〔尾下南方神社〕──444
〔川南諏訪神社〕──95
〔湯島南方神社〕──62
〔小野南方神社〕──48
〔鹿篭麓南方神社〕─34
〔以下略〕

 この数字は、題目の参拝記を閲覧した人の数です。何れも鹿児島県における「諏方神社の並立鳥居」ですから、「二基並んだ鳥居」に興味を持った方が、(検索して)自サイト『諏訪大社と諏方神社』を閲覧したということになります。

 思い起こすと、昨夜は、自室に向かう背中で「南方神社」を聞いていました。NHK BS『こころ旅』は鹿児島県を放映中ですから、その南方神社が「並立鳥居」だったことになります。

尾下南方神社「並立鳥居」
尾下南方神社(南さつま市)

 ダントツの444回から〔尾下南方神社〕が該当しますが、南さつま市には並立鳥居が建つ神社が二社あります。果たして、『こころ旅』がどちらの神社に向かったのかは不明となりました。


中津野南方神社

 19日の再放送で確認すると中津野鎮座の南方神社でしたから、自サイトを訪れた多くの方が番組とは異なる並立鳥居を見たことになります。その戸惑いが想像できますが、「極めて稀と流布されている並立鳥居」が意外と多くあることを知らしめたことになりますから、その存在価値は大きかったと自負しました。

 実は、2016年に並立鳥居が建つ諏訪(南方)神社を巡拝したのですが、その後に存在を確認したのが中津野の南方神社です。図らずも、『こころ旅』で遙拝したことになりました。


 未参拝ですから、ストリートビューの画像を用意しました。
 さらに、ネットで得た境内の案内板を転載しましたが、設置者が不明です。やや不明瞭な文言から私設の案内板としました。


 南方神社
一名諏方神社という。
 祭神は健御名方命・事代主命で、宝徳三年(一四五一)七月越前守藤原経久建立の棟札がある。島津忠良が加世田平定の誓願に依って天文十一年(一五四二)再建し、慶長十八年(一六三一)十一月島津忠久が再興された。小桜号という笛を一管奉納されたという。
 昔、諏方社というのは花瀬に2、白川に2、宮崎に2、その他大部落にあったが、明治初年廃仏毀釈の時、すべて中津野南方神社に合祀されて一社になった。

未参拝の並立鳥居が建つ諏訪(南方)神社が二社あるのが心残り

 あれから五年という歳月に置き換わって、「九州の諏訪神社巡り再び」が浮上してきます。しかし、機は熟してもコロナ禍とガソリンの高騰に加え高速道路の料金に割引がありません。その前に、4月の免許証更新の際に高齢者講習を受けた身ともなれば、気力と体力が…。
 関係ありませんが、講習の当日は男女半々という構成の中で、「エンスト・半クラッチ・チョーク」などの懐かしい言葉(死語)が飛び交い、大いに盛り上がりました。