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下今井 諏訪神社 山梨県甲府市 下今井町

■ この諏訪神社は、『小瀬スポーツ公園を護る諏訪神社』の一社です。
〔諏方明神下今井村 (神領・社地・神主名は省略)
甲斐叢書刊行会編『甲斐国志』

下今井諏訪神社参拝 '09.9.24

 小瀬スポーツ公園内にあるスタジアムは、「ヴァンフォーレ甲府」のホームだそうです。長野県人では「アッ、そー」としか言えませんが、記念に、横にあるトイレを拝借して身軽にしました。

 今日の諏訪神社巡拝の最後となる下今井へ向かう途中で、「落合町」の信号を見ました。小瀬スポーツ公園を取り巻くかつての「落合村」ということでしょう。その交差点を右折すると、旧下今井村の諏訪神社でした。

下今井諏訪神社 地図では左下で、南西に当たる諏訪神社です。社殿は、西油川と同じ西を向いていました。縦長の境内は、狭いこともあってか、本殿周りを除くとよく手入れがしてあり、掃き目も残っていました。

 南側が竹藪ですから、陰となった本殿の色が沈んでいます。「とりあえず、この条件でも一枚」とカメラを向けますが…。ここまでの道中が「秋日サンサン」でしたから、油断しました。腕の微かな違和感に右手が行った場所を見ると、蚊が黒い染みとなって残っていました。たっぷり吸われたようで、報復はしたものの、すでに時遅しでした。

下今井諏訪神社本殿 急いで反対側に廻りました。距離が足りないので、藪の中に踏み込んで撮ったのがこの本殿です。ようやく古色が乗ってきたという新しい社殿でした。
 『甲斐国志』での記載は僅かですが、入口に、案内板に代わる黒御影石の「諏訪神社社殿造営記念」碑がありました。氏子の諏訪神社に対する崇敬心に賛同して全文を紹介します。

諏訪神社社殿造営記念碑
 当神社は、建御名方神・八坂刀売神・事代主神の三社神が鎮座され、神社建立の故事来歴は明確でないが、甲斐国古社史により漸く年代が明記されている。応長石高帳に大明神(現諏訪神社)社領が朱印地として、一石四斗余・村社・社地東西三十二間・南北八間三尺・面積二百七十二坪、本村の西北にあり祭日は十月三日とある。現在は市制祭に合せ十月十六日となった。
 諏訪神社の朱印地は朱印黒印共に室町時代にはじまり、江戸時代になって黒印は大名の公文書とし、朱印は幕府の将軍のみが押した公文書であった。江戸時代に朱印地の諸税は神社の収入となり、地内の木や竹その他自然の物産は神社が自由に処分し得た。
 社紋は梶葉紋で、諏訪上社本宮の神紋であり、本宮の鎮座する信濃を中心に、甲斐・越後・駿河・相模に多く信仰豊かである。
 古来、先人は神社への信仰は深く、栄枯盛衰その苦難を乗り越え社神を守ること子孫に伝えしは、唯一の町歌を持つ下今井町の平和の基である。現世に至り、昭和三年四月二十九日拝殿が造営され一応の形を整えたが、昭和三十四年八月、七号台風により大破。氏子総員で補修するも老巧化が激しく、保存管理に忍びがたく、氏子の総意により再建決定し、平成参年より社殿営造の積立を氏子が平等で拠出する。今般、荘厳・神秘・美観の社殿が完成され、ここに完成記念碑に記載し将来に残すものである。
下今井町諏訪神社建設委員会 
 平成十年七月吉日

 計画通りに諏訪神社を巡拝しましたが、「小瀬スポーツ公園を外側から見る」とも言えるコースでした。山梨県に限りませんが、「公立」の各種超大型施設は、それらに無縁な人は一生に一度も利用する機会が無いでしょう。税金を納めている身には、程々の規模にしてくれと切に思いますが…。