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川上 諏訪神社の並立鳥居 鹿児島県いちき串木野市 川上

鹿児島県いちき串木野市 「いちき」は旧市来町になります。大字(おおあざ)「川上」も旧「川上村」由来なので、周辺にある諏訪神社と混同しないように「川上諏訪神社」と表記しました。


 サイト『鹿児島県神社庁』に載る〔諏訪神社〕の一部です。「祭神二座」としていますが、一柱しか書いていません。

御祭神 建御名方命(タケミナカタノミコト)
由緒
不詳。昔は諏方大明神と称し、信州諏訪の本社と同じく祭神二座で、神鏡一面・木像一体と伝えられ、祭礼日は旧七月二十六日であったといい、この日には川上踊りや棒踊りの奉納があった。

川上諏訪神社参拝 '22.12.5

川上諏訪神社

 写真付き案内板『諏訪神社(川上踊り 8月下旬)』の後方が、川上諏訪神社です。その右にある標柱『諏訪神社』の左右に、この文言が書いてありました。

御祭神 建御名方命・八坂刀売命

信州 諏訪大社の御祭神と同じ夫婦の神々です。鳥居が、並立しているのはこの由縁です。

祭日 (略)

 これを読んでから、この大道から分岐する道を神社に向けて下ります。結果として、この説明が現地での唯一のものとなりました。

川上諏訪神社「並立鳥居」 登り詰める前に一息入れた撮ったのが、この並立鳥居です。下からは一基の笠木だけが仰げたので、参道が途中で曲がっていたことになりました。
 何しろ、平石を縦にして土留にした土段です。その歩きにくさに閉口しながら登ってきたので気が付きませんでした。

川上諏訪神社 境内は竹を含む木々に覆われているので全般的に暗く、今にも降りだしそうな天候と相まって陰気さを感じました。
 鳥居が建つ平地から、一壇上にある拝殿です。諏訪神社を謳うものは皆無ですが、正面の蟇股に「○にT(丸に丁の字)」の紋が確認できました。諏訪神社を造営した人物の家紋と思われますが…。

川上諏訪神社 本殿の覆屋は、奥に長い拝殿と連結する渡殿から一壇上に造営されています。そのため、拝殿の正面から奥を透かしても扉が見えるだけです。
 その中に、相殿または別棟の本殿が安置してあるはずですが、想像するだけに終わりました。

川上諏訪神社「並立鳥居」 二基並んだ鳥居の正面からは、その前に立つ木や倒れかけた竹が目障りになっています。そのため、拝殿前から見下ろした並立鳥居を一枚加えてみました。


市来貝塚と生福南方神社

 川上諏訪神社への往復で、何かの案内板を見ました。その景観に見覚えがあったので調べると、6年前に生福(せいふく)南方神社を参拝した帰りに、(わざわざ)車を駐めて読んだ「市来貝塚」でした。
 その南方神社で出会った住民と並立鳥居の話をしたのですが、その中で別の並立鳥居の存在を匂わせました。しかし、考え込むような仕種から、それ以上聞き出すことは遠慮しました。それが、川上諏訪神社の並立鳥居でした。

『市来町郷土史』

 市来町教育会『市来町郷土史』〔神社・仏閣〕に川上諏訪神社の消息がありました。

諏訪神社(村社)──川上に在り、祭神は武御名方之神にて、…創立の年代等詳らかではない。神社に鏡面二個を蔵す。松田豊前守藤原政重・人見和泉守藤原重次とあり。棟板四枚あり、安永二年二月・文政二年八月等にて、金仏一体五寸丸型の中二寸五分のものを納む。川上一円の氏神にて、…

 『神社庁』の「神鏡一面・木像一体」とは異なりますが、この書は昭和16年の刊行なので、紛失したということでしょうか。