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諏訪大社は「上社と下社」で「二社四宮」

衛星写真「上社と下社」
『地理院地図Vector』〔全国最新写真〕

 衛星写真でわかるように、諏訪大社下社は諏訪湖の北岸に、諏訪大社上社は南岸に鎮座しています。「エー、岸辺じゃないよ」と言う声も聞かれそうですが、創建当時の諏訪湖面は、現在よりかなり高かったと言われています。

764m
『地理院地図Vector』〔全国最新写真〕+〔色別標高図〕

 〔全国最新写真〕に、湖面の標高759mに5mを加えた標高764mを中世の諏訪湖と想定した〔色別標高図〕を重ねました。このように、上社と下社は、諏訪湖岸に“対峙”して鎮座していたということがわかるかと思います。
 両社はこれだけ離れていますから、下社の春宮・秋宮は下諏訪町、上社本宮は諏訪市、前宮は茅野市と多くの自治体に渡っています。これで、諏訪大社が、人工衛星の目からも二社四宮で成り立っていることが理解できたでしょうか。
 諏訪人最大の関心事は、諏訪大社の「御柱祭」です。その祭りも上社と下社に分かれて行われるので、当然の流れとして所属する神社の氏子意識が高まります。そのため、諏訪人の心には、実質的には二つの神社として存在しています。このことを頭に置かないと「諏訪大社」や「御柱祭」を正しく理解できません。

上社と下社

 なぜ上社が「上」社で、下社が「下」社なのでしょうか。これは単なる字の違いでは済まされません。「上下関係」に発展するからです。私は「先に創建したから上社」としていましたが、最近になって「これだったら、誰もが納得できるんじゃないか」という答を見つけました。

一、諏方郡
當所にて東南の方を上といひ(言い)。西北の方を下といふ(言う)こと。地形の高低。水の流れに随ていふなるべし。

諏訪教育会『復刻諏訪史料叢書 第四巻』

 小巌在豪(小岩高右衛門)著『諏方かのこ』にある一文です。これなら、下社側からクレームが付くことはないでしょう。